昨秋、高エネルギー加速器研究機構(KEK)は新観測機器を完成したと発表した。宇宙創成期の原始重力波を検出するのだという。近年天体観測のメッカになって来たChile中部のAtacama高地5200米に、日中米など8か国がPolarBeaRという名の研究施設を持つ。そこにある望遠鏡に設置して観測開始するそうだ。直径1m、長さ2mの円筒形で、内部は極低温にして底に7500個の超電導素子のセンサを配置している。複数の波長に対応しているから検出に希望が持てると言っている。既に2012年から米国製の観測装置があるが、その改良版だ。マスコミの記事は、記者も分からずに書いているから、何のことかサッパリ分からない。PolarBeaRの語源を調べたが白熊ばかり出て来て不明。Polarization B-mode Research何とかだろう。
重力波と言えば、日本では東大が飛騨の神岡鉱山跡地に1辺3kmのL字型のトンネルを掘って建設中の重力波観測装置KAGRAがある。世界一の精度のはずだがまだ完成していないうちに、もっと簡単な施設を米国で2か所に建設したLIGOが重力波を2015年に検出したと、確認後翌年発表した。KEKの新装置は1mや2mで観測できるのか?実は前提条件が幾つもあった。
Big Bangが宇宙の始まりと認識されているが、高圧高温のPlasmaが爆発的に生じたBig Bangの前にInflationという光速より速く宇宙が広がったという段階があるという言葉の使い方が外国では広く使われ、日本の学界でも最近はそうなってきた。宇宙開闢-->Inflation-->Big Bangの順番だ。但しこのInflation理論は、現在の宇宙の観測結果とは非常に良く整合するのだが、証明されてはいない。このInflationの段階で、何しろ巨大な質量が広がった訳だから重力波が生じたはずだとされている。これを原始重力波という。これを発見できればInflation理論が実証されたことになる。しかし微弱なことも分かっていてまだ誰も発見できていない。
次は宇宙背景放射=CMB=Cosmic Microwave Backgroundだ。Bell研の2人が電波通信の実験中に偶々天空の全方向から微弱なMicrowaveが降り注いでいることを発見して、1978年のNobel物理学賞に輝いた。Big Bangで生じたPlasmaが段々冷えて原子や分子が出来て中性になったために、電磁波が吸収されることなく放出されるようになったのが宇宙開闢から38万年経った頃だという。その電磁波の発生源が今や遠方となり高速で地球から遠ざかっているので、電磁波の波長が伸びてマイクロ波になったという。
CMBは当初天空のどの方角からも絶対3度の同じ波長で同じ強さでやって来ると思われたが、精密に計ると微細な温度差があることが判明した。それは宇宙開闢の際の質量の量子理論的なばらつきのせいだとされている。つまり当初から宇宙は巨視的には驚くほど一様だが、微視的には微小な不均一があり、少し濃度が高いと重力が強いから益々濃度が上がるという原理でより大きな不均一になって、銀河ができ星ができたということだ。
CMBにはEモード・Bモードという2つの偏光(偏波)があるそうだ。電界と磁界を表すEとBが語源だそうだが、その関係性を私は説明できない。CMBの進行方向に垂直な平面を考える。その平面上で例えば上下方向の振動が半サイクル(0-->Max-->0)あった後に進行方向に半サイクルという振動を繰り返すのがEモード偏光だという。進行方向に垂直な平面ではなく、45度後倒しの平面上で上下方向に半サイクルの後、45度前倒しの平面上で上下方向に半サイクル振動するのがBモードだという。CMBの偏光はEモードが支配的で、それは質量の量子理論的バラツキが原因だという。その他に、原始重力波があればそれがEモード+Bモードの偏光を起こすので、Bモードが検出出来れば原始重力波が間接的に観測されたことになり、Inflation理論が実証されたことになるという。
CMBの中にこの微弱なBモード偏光を検出するための観測装置が冒頭の装置だ。理論物理屋が勝手なことを言うと、実験物理屋は何年もの時間と膨大な金を掛けて装置をつくり、何年も観測して結果的に駄目でした、理論の方が間違っていました、ということになる可能性もあり、実際過去にもあった。それでも研究の過程での工夫が認められれば論文になり評価も上がるようだ。KEKの健闘とPolarBeaRの成功を祈る。 以上