定保(さだやす)英弥 帝国ホテル社長の講演「帝国ホテルのおもてなしの心」を拝聴する機会があり、ワイフと一緒に出掛けた。@私は、一般消費者として帝国ホテルの経営戦略に興味があった。Aワイフは1964年までの独身時代を、ほぼ外人客だけだった帝国ホテルの接客係として過ごし、外人常連客達に結構人気があったと自称する。そのホテルの現状への興味だ。定保社長は1961年生まれ。1984年に学習院大経済を卒業して直ぐ帝国ホテルに入ったというから、ワイフが寿退職して20年後の入社だ。我々も年を取ったものだ。ずっと営業畑を歩き、バブル崩壊の1991年にはLos Angelesで顧客集めをされたという。社長就任は2013年だそうだ。
帝国ホテルは、他の高級ホテルと違う経営戦略だ。御三家の1つでライバルのオークラホテルは、日本航空の経営危機を救済するために傘下に収めた日航ホテルを含めて国内主要都市を網羅し、国内外で73か所のホテルを経営している。ホテルオークラ東京は380室従業員842名と聞く。御三家のもう1つニューオータニは、1479室のホテルニューオータニを中心に、北京・Honoluluを含めて21ホテルを経営している。それに対して帝国ホテルは、1890年開業の東京で現在は931室、従業員1800名、1996年開業の大阪が381室500名、1933年開業の上高地(冬は休業)が74室100名の3か所を直営する。上高地を別にすれば2か所だけだ。子会社経営の2-3か所のホテルは小規模だ。2019年秋には改装新規開店の288室のHalepuna Waikikiと提携関係になるというが、それ以外に海外にホテルを持たない。ともあれ規模を追わず経営資源を集中させる経営戦略が目立つ。
帝国ホテルは、明治政府の肝いりで、上流外国人を対象とした「日本の迎賓館」として、宮内省の20%出資により鹿鳴館に隣接して60室で1890年=明治23年に開業したという。それ以来の歴史を定保社長は詳述された。
定保社長は、ブランドを支える要素は、@設備などのハードウェア、Aサービスの仕組みや組織などのソフトウェア、B人柄、語学力、技能などのヒューマンウェア であり、それらが三位一体となったホテルがベストだと言われた。特にBについて、「おもてなし」は上から指示するものではなく、現場から生まれるものでなければならないと。例として、ハウスキーパーの発想で、出立した宿泊客の忘れ物がある可能性を考え「紙屑はもう1泊」させることにしたと。ドアマンの発案で来客がタクシーに支払う際に1万円札では不便な場合に備え、5千円札と千円札を両替用に持っておくことにしたと。また電話オペレータは、「笑顔を声で届ける」ために交換台に手鏡を置くようにしたとか。また社内表彰を得た例では、ドアマンがホテル外周のゴミを拾い、ルームサービス係が飲食物を届けてドアを閉めた後に無人のドアに向かって一礼して去る、などの例示をされた。
帝国ホテルは今後とも、民間外交の担い手として、日本の価値・魅力・おもてなしの心を発信していくと、講演を結ばれた。
ふと気づいた。言及されなかったコストや価格も最大のサービス要素ではないのか。東京在住の私は、帝国ホテル東京には仕事で行く程度で泊まったことはないが、上高地帝国ホテルは好きで時々泊まる。但し毎夏行くには高価だ。支払えない訳でもないが、人生の大半を貧しく過ごした私は習い性となって、サービスと価格をトレードオフしてしまう。だから真っ先に手を挙げて質問させて頂いた。「帝国ホテルのサービスは立派だが高い。価格を気にするような人は想定客層ではないのか?」と。この質問は聴衆に受けた。定保社長は「会員になって頂ければお得な価格もあります」とやや斜めの答え方をされた。「あなたはお呼びじゃない」とはさすがに言えなかったか。そうか、やはり帝国ホテルは金に糸目をつけぬ最高のおもてなしを提供する迎賓館なのだ。そのための設備・組織・人材を擁し、高価格でも好業績を維持できる客層を掴んでいる。だから価格も規模も優先事項ではない。そういう独特のホテルが1つ位あってよいし、あることが日本の国益に叶う。そう思った。因みに今帝国ホテルの宿泊客は、日本人と外国人が半々で、高級ホテルの中では日本人が多いと。それは常連客が多いからだと言われた。貧乏性の私は常連になれないけどね。以上