名古屋ボストン美術館というのをご存知だろうか。名古屋駅の隣、金山駅前に立派な建物がある。一切収蔵品を持たずに、平治物語絵巻など日本美術を初め世界の美術を集めて有名なボストン美術館 Museum of Fine Arts, Boston(略称 MFA)の収蔵品を展示する契約をしている珍しい美術館だ。もっとも1999年から20年間50億円で契約したが、入場者が増えず不採算のため10年で打ち切ることになったと聞いている。もったいない!! 中部大学夏季ビジネススクールの集中講義の仕事で3晩名古屋に泊まった。今年は忙しくてあまり予習出来なかったので、名古屋に入って準備する側から講義するような泥縄をやった。おかげでほとんど外出しなかったが、去年行けなかった名古屋ボストン美術館には無理して出掛けた。
そこでは、印象主義絵画展と、エジプトとヘレニズムの文明展があった。私は勿論絵画展の方に興味がある。印象主義絵画は19世紀後半に仏で勃興したが、米国の文化先進都市Bostonにいち早く紹介され、多くの作品が輸入された。米国から仏に、特にClaude Monetのもとに留学した米画家も多く、米人の印象派画家が生まれた。多くの米人画家兼収集家がBostonを印象主義絵画のメッカとし、やがて米全土に広がる端緒を作った。これらの印象主義絵画を、折しも米建国百年の1876年に設立されたMFAは多数収蔵していて、その一部50点が今名古屋で「ボストンに愛された印象派」という企画で11月9日まで展示されている。
印象派と聞いてMonet(モネ)の睡蓮の絵を思い出さない人は居ないだろう。日本趣味だった彼の庭の池に咲いた睡蓮を彼は似た構図で何枚も描き、彼の代表作になっている。勿論今回も11点のMonet作品の中に睡蓮の絵が1枚あった。庭には日本風の赤い太鼓橋が掛かっていて、それを取り入れた構図の「睡蓮」も何枚かあるのだが、今回のは俯角の大きい水面と睡蓮だけの大作だった。池には日光を一杯に受けて睡蓮の花が咲いている。水面には対岸の立ち木の影と対照的に明るい空が映っている。このように最も強烈に印象を形作る光と影を描くのが印象派の特徴だ。光を描きやすい水面を好んで題材にするのも印象派の傾向だ。
写実的に細かく描くそれまでの絵に対して、印象派は筆使いが見える絵を描き始めたのだ。線よりも色の面積で描く。絵筆にどのくらいに柔らかく溶いた油絵具をどのくらいの分量載せて、キャンバスの上でどう筆を動かしたかが手に取るように読み取れるから絵の勉強になる。風景を写し取るのではなく、風景から受け取った印象をキャンバスに再現する絵だ。
勿論Renoirもあった。可愛い少女の横顔を描いたRenoirの絵をシンボルに使っている「ルノワール」という喫茶店のチェインが東京都心にあるが、今回の展示は「Grand Canal, Venice」だった。露出過剰の写真のように明るい陽光の建物の列をを映して、キラキラと輝くベニスの運河の水面が荒っぽく描かれており、光の印象を写す印象派の典型的な絵だ。
Lilla Cabot Perryという女流米人印象派画家兼収集家の作品も展示されていた。夫に従ってParisに住んだ時には、態々傾注したMonetの隣家に住み親交を結んだ。19世紀末には夫が慶応大学の英語教官になった関係で3年間日本に住み、岡倉天心と交友があったという。展示作品は「Open Air Concert」という表題で、日が降り注ぐ明るい森を背景に、木陰でバイオリンを弾く彼女自身かも知れない後ろ向きの女性と、2人の娘を描いている。印象派特有の光と影の絵だ。女性の青いドレスに木漏れ日が降りかかる。この木漏れ日は、青の上に生の白絵具を塗り付けただけだ。それを離れて見ると木漏れ日に見えるから不思議な手品のようなものだ。その手品を自分で発明することは難しいが、種明かしを知れば、なんだそういうことなら俺でも描けると不遜な気持ちになる。
先年MFAで、収蔵品のあやめの絵を模様にしたスカーフを買ったワイフへのお土産に、同じ模様の手提袋を売店で買った。自分用には同じくMFA収蔵の芸術写真で、全盛期のGrace Kellyを撮ったモノクロ写真のビニールファイルを買った。言っておくが鼻の下が長い訳ではない。美への憧憬が少しばかり強いだけだ。風景であれ絵画、写真、実物であれ。 以上