インフルエンザは古代エジプト時代からあったことが知られているが、世界的に流行したのは1918年のスペイン風邪以降だ。天体や寒気の「影響」で発症する病気と信じられて伊Influenza=英Influenceが病名になった。細菌より小さなウィルスがやっと特定されたのは1933年である。
インフルエンザ・ウィルスは、構成する蛋白質によってA型、B型、C型と分類される。C型は幼児期に罹り一度罹ったら二度と罹らない。従って一般にインフルエンザ・ウィルスと言えばA型かB型だ。B型C型は人間専門だが、A型は亜型によって人間、鳥、馬、豚などが罹る。B型の亜型は多様性に乏しいので通常亜型を論じることなくB型一種で扱われる。A型には性格の異なる亜型が多数ある。ウィルス表面の突起の種類によって、H1〜H16とN1〜N9の組合せで可能性としては 16 x 9 の亜型があることになるが、実際には症状を起こさないものもあり、主役は数種に限られる。
1918年にH1N1型のスペイン風邪が発生し、全世界で6億人が感染して0.5億人が死亡した。カナダの鴨から米国の豚にうつり、米兵が第一次大戦(1914-18)で欧州に持ち込んだ。この時も各国の兵士を中心に若者が真っ先に感染し、第一次大戦終結の一因になった。戦争中の各国が流行をひた隠す中、中立を保って流行が目立ったスペインがぬれぎぬを負った。
以来このスペイン風邪の亜種が繰返し世界で流行した。一方1957年にH2N2型のアジア風邪が流行りH1N1を凌駕した。次いで1968年にH3N2型の香港風邪が生まれ以降毎年出現するようになった。A型の特徴として、1種類の亜型が世界的に流行すると他の亜型は流行らないという品代わりの性格がある。B型は様々な亜型が同時に世界の異なる地域で流行するのと対照的だ。1977年にもう一度弱いH1N1型が流行り、これは中国で発生したがソ連の研究所から一般に漏洩し流行したためにソ連型と呼ばれた。これらが毎年冬になると品代わりで出現し、季節型インフルエンザと呼ばれている。今まで開発されたワクチンもこれらを対象としたものであった。
1977年に香港でH5N1型の強烈な鳥インフルエンザが人に感染して大騒ぎとなり、以降これが何時人から人への感染力を得てもおかしくないと言われ恐れられているうちに、今年H1N1型の豚インフルエンザが世界を席巻した。米政府CDC=Centers for Disease Control and Preventionでは、今年は例年より早めに季節性インフルエンザのワクチンを製造し、追いかけて豚インフルエンザのワクチンを作ることを提案している。早めにと言ってもどの亜型が流行るかのヤマを賭ける確率が下がらないのだろうか。
ところでCDCは5月21日に、私の年代には見逃せない面白いレポートを発表した。1957年のアジア風邪以降主役から遠ざかっていたH1N1型が、今回豚インフルエンザの形で強烈に再登場した訳だが、それ以前のH1N1型全盛時代に、特定されていないそのどれかに罹った人は今回の豚インフルエンザに対する抗体を持ち、罹り難いというレポートだ。
と言っても人に注射して実験する訳にも行かないから、保存血液と新たに採取した血液にウィルスを注入して、その反応から抗体の有無を調べたという。すると6ヶ月-9歳ではほぼ抗体なし。18-40歳の6%、18-64歳の9%、60歳以上の33%が抗体を持つという。更にH1N1型の季節性インフルエンザのワクチンを人に接種した後に採血した血液で豚インフルエンザへの抗体を調べると、18-64歳では9%が25%に上昇し、60歳以上では33%が43%に上がったという。同じH1N1型ながら違うワクチンではあるけれども「思い出させる効果」があったのではないかとCDCは言っている。
5月21日現在豚インフルエンザは、米国では46州+Washington, D.C.に広がっており、5,764人への感染が確認されているが、おそらく感染者の実数は10万人規模と専門家は推定している。感染確認者の2/3は5-24歳で、65歳以上は1%に過ぎず、年長者が真っ先にやられる季節性インフルエンザとは明らかに有意差があるという。入院患者247人の50歳以上は13%に過ぎず、その多くは合併症患者だという。通常の季節性インフルエンザの入院患者の50歳以上の割合は90%以上だそうだ。メキシコでは死亡者74人のうち60歳以上は4人とか。私は罹らなくて済むかも知れない。 以上