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短編随筆シリーズ「うつせみ」より代表作 Photos of flowers, butterflies, stars, trips etc. '96電子出版の句集・業務記録

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うつせみ
2007年10月18日
            縄文の女神

 八ヶ岳山麓のレストランCanadian Farmを訪れたら、ご主人ハセヤンから「満月の夜ごとに「かえでの樹」で行う「縄文の女神 Live」に今夜来ませんか」と言われた。縄文人のような髭面の自然児だ。Quebec人の美女と結婚し「美女と野獣」で八ヶ岳山麓を開拓しCanadian Farmを始めた。その後も次々に自分で家を建て、遂には茅野市内のVenus Line沿いにもレストラン「かえでの樹」を建てた。Gaudiは直線の無い建築で有名だが「かえでの樹」は垂直壁の他にはどこにも直角がない不思議な建物だ。

 八ヶ岳山麓は縄文文化が栄えた地だ。水はうまいし胡桃や山栗の木はそこら中に生えているし、鹿や狸や兎には今でも時々出会う。「かえでの樹」から800mほどの地中から発掘された「縄文のVenus」は身長27cmの豊饒の妊婦を表わす素焼きの土偶で近年国宝になった。山岳観光道路Venus Lineの名の由来だ。復元した竪穴住宅群を持つ博物館に展示されていたが、国宝に指定されてから博物館は倍以上の立派な建物に変わった。八ヶ岳を越える中仙道和田峠の辺りは、縄文文化の高級石器になるガラス質の黒曜石の産地だ。この黒曜石が交易で日本国中に広まった。

 暗くなってから御柱街道を西に下り茅野に向かった。ワイフが「月が出てないわね」と言った。「満月は夕方東から昇るんだよ」と言って北に右折した車から東を見たら、八ヶ岳の稜線から昇ったばかりの巨大な満月が一幅の絵になっていた。「かえでの樹」の入口で今日は入場料・会費を払い、入場券と会員証の代わりに名前を彫り込んでくれた黒曜石のお守りを帰りに受け取った。食事をし「縄文の女神 Live」と墨書した舞台に向かって坐った。ハセヤンが来て「美咲さん」を紹介してくれた。伊東美咲よりも正統的な美女で23歳と資料で知った。http://misakix.jp 目が大きいから弥生人ではなく確かに縄文人の流れだ。赤い渦巻き模様を縫い付けた白い縄文衣装にヘアバンドの彼女は、信越放送や長野放送のTVに度々登場する有名人だという。11月に名古屋で行われる考古学会でコンサートを行うよう招かれたそうだ。満月ごとに行われるライブは、満月の下で縄文人が行ったに違いない宴を模して縄文時代に想いを馳せる催しだそうだ。「縄文の女神」とは「縄文のVenus」でもあり美咲さんでもあるのだろう。毎回美咲さんの司会進行で、前半は彼女の歌、八ヶ岳東側の長和町大門の「黒曜石体験Museum」館長大竹女史の縄文関連ミニ講義を挟んで、後半はゲストの歌・演奏という形で行われていることを知った。

 美咲さんは自作の歌を電子オーケストラを背景にギターで歌う。歌はNHKのど自慢で言えば鐘2.9打レベルだと思ったが、美女は何をしてもサマになる。それに縄文人の宴の歌はかくもありなんという今まで聞いたことの無いジャンルだった。もしかしたら音階もドレミを全部使っていないのかも知れない。ゆったりと流れるファルセットが美しい。

 セッションタイムに入った。アフリカ風の大小の太鼓が観客席に配られ、ドラマが強烈なリズムを刻み水道管を吹く人が超低音を断続的に発する。美咲さんは舞台で踊り、観客は手拍子で応える。一部は立ち上がって踊った。縄文人の宴の雰囲気だ。休憩時間にハセヤンが全員に鹿肉のローストを振舞った。観客会員から提供されたという。ハセヤンがスライスし、買って出たワイフがタルタルソースを盛って皿に載せて配った。

 後半は今回は金色の衣装をつけた諏訪雅楽会の3人による雅楽の演奏だった。宮内庁の楽士の指導を受けて長年技術を伝承しているらしい。縄文と雅楽は無関係と思ったが、日本古来の音楽と唐伝来の楽器・音楽が融合して平安時代中期に確立したというから関係ないとも言えない。何と簡単な楽器なのだろう。「ゆらぎの音楽」は、譜面無し、リズム無し、和音無し、強弱無し、音域幅無しだ。楽器を改良しようという気も誰にも無かったらしい。残念ながら私には上手下手は判らないが、諏訪市の姉妹都市St. LouisではStanding Ovationを得たという。最後に美咲さんが唐宮廷風の不思議な衣装で現れ、雅楽を伴奏に越天楽と荒城の月を歌った。

 1万年前に縄文人が闊歩した八ヶ岳山麓の、月明かりの無人の道を10時過ぎに通り、縄文時代のただ中に居るような感傷に捉われた。  以上