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短編随筆シリーズ「うつせみ」より代表作 Photos of flowers, butterflies, stars, trips etc. '96電子出版の句集・業務記録

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うつせみ
2006年 8月18日
          ユダの福音書

 米地理学会誌National Geographic Magazine5月号は「ユダの福音書」を大きく取り上げた。私が購読する英語版では表紙は異なるが、日経との合弁で出す日本語版では表紙に「ユダの福音書を追う」と大書してある。"Gospel of Judas"でGoogleで引くと70万件出てきて、毎日増えている。Internet上の無料百科事典Wikipedia英語版にも同名の項目が既にある。英語の世界では大変ホットな話題になっていることが判る。

 エッ偽物だろう? と思ったが、記事を読み進む内に本物と思えてきた。「xxxによる福音書」、昔は「xxx傳」と言ったが、これが新約聖書に4編ある。xxxはそれぞれの著者とされるキリスト教伝道者の名で、マタイMatthew、マルコMark、ルカLuke、ヨハネJohnの4編だ。イエスの12使徒の中に入っているのはマタイだけで、マルコとルカはイエスの死後信仰に入った伝道者パウロPaulの弟子、ヨハネ傳のヨハネは、12使徒のヨハネと(同一説もあったが最近の研究では)異なり1世紀末の人だ。研究者によれば、消滅したQ傳(←独語Quelle=泉)とマルコ傳がまず存在し、それを参照して1世紀後半にマタイ傳、ルカ傳が書かれ(だから似ている)、少し遅れてヨハネ傳が書かれたとされる。とすればマタイ傳の著者は年代的にマタイではあり得ない。12使徒にはユダJudasが2人居て、1人はArmenia地方の布教に当った。もう1人がJudas Iscariotで、イエスを銀30枚でユダヤ教官憲に売り渡し処刑に追いやった。彼自身が著者か否かは別として、彼の立場で書かれた福音書が出てきたというから驚いた。

 仏教には無数の経典があり、特定経典を信奉する宗派がある。1世紀にはキリスト教もそういう状態だったらしい。150-200 ADに上記4編が正当な福音書として選ばれやがて新約聖書として確立していくが、その4編以外にペテロPeter傳、トマスThomas傳など約10編の福音書が存在したことが知られている。当時の限られた情報伝達手段を考えれば、1つの福音書の写本が教会にあればそれのみを信仰する教徒が布教によって拡がって行ったであろうことは、仏教の布教から見ても容易に想像できる。正当な4編以外の多くは破砕されたようだが、それは忍びず厳重に封印して砂漠に埋蔵したものが19世紀末以降考古学の発達と共に発見されてきた。

 ユダ傳もその一つだ。180 AD頃にはユダ傳を異端と攻撃した文献があるので、150 AD頃に書かれたとNational Geographicは報じている。他の福音書と同様地中海の共通言語であるギリシャ語の口語で記述されたが、後にCoptic語に翻訳された。象形文字のエジプト語の後裔で、ギリシャ文字を使用する。300 AD頃と後に証明されたパピルスに記載されたこのCoptic語のユダ傳が、Nile川中流で1970年代に発見された。1980年代以降エジプト人古美術商が売り歩いたが$3Mの高値に買い手が付かず、結局2000年に$0.3Mでギリシャ女性の古美術商が購入した。古美術に詳しいスイスの弁護士が知恵を出し、ユダ傳の物体と、内容の出版権・翻訳権・テレビ番組権など情報とを分離して考えれば、後者だけでも儲かるから、前者はエジプトに寄付しようと考えた。National Geographicが資金を提供して2001年からズタズタのパピルスの修復と解読がZurichで行われ、今年公開された。Coptic語のユダ傳も英訳ユダ傳も次のURLに公開されている。
  http://www.earlychristianwritings.com/gospeljudas.html

 読んだが、パピルスの部分損傷で所々飛んでいる上にヨハネの黙示録のような象徴的な表現が多くて理解し難い。ユダは12使徒ではなく13番目のイエスのお気に入りの使徒として登場する。既成ユダヤ教への批判がある。その儀礼に従う12使徒を嗤う人間的なイエスが居る。宇宙・人間・聖霊など世界の仕組のイエスによる解説があり、聖霊への信奉がある。宗教論争の末東ローマ皇帝の裁定で4-5世紀に確立した父(神)と子(イエス)と聖霊(各人の魂)の三位一体論以前の思想だ。イエスはユダに"You will sacrifice the man that clothes me."といい、イエスの魂を体から解き放つであろうユダの運命を称え激励する。裏切ではない。最後に、ユダがイエスを引き渡し金を受け取ったという1行でユダ傳は終わる。

 難しい文献だ。理解を助けてくれる研究が進むことを望む。  以上