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うつせみ
2003年10月19日
            韓国の伸長

 金大中大統領のもとで韓国経済が急速に回復した秘密をキチンと理解して置きたいと常々思っていたが、週末の読書でそれが叶った。
「韓国はなぜ改革できたのか 玉置真司 日本経済新聞社 2003/4/21」
著者は韓国に留学したこともある日経記者で現在ソウル支局長だ。

 まず韓国の経済はなぜ破綻したのか。戦後の韓国経済は国策で育成した財閥の台頭で発展した。資金が最大の制約条件だったので、政府がどの企業のどの事業に融資するかを銀行に指示する「官治金融」が行われた。日本でも戦中戦後はそうだった。日本経済が発達するにつれて官からの具体的指示は減少したが、大綱の官主導は続いた。官依存の銀行は思考能力を失い、官が尻拭いしてくれるから経営努力を怠りその能力を喪失した。これは日韓共通だが韓国ではより極端だった。経済の立上げ段階ではそれが正解だったが、経済が発展し複雑化してもその仕組みが続き、財閥には無反省な貸し込みが行われ、財閥は安易に巨大な借入金を抱えた。

 何時かは破綻するはずだったその仕組みに1997年後半にアジア金融危機が襲い掛かり、ウォン安で対外債務が重くなった中堅財閥から倒産が始まり、大手の大宇すら破綻し、銀行の貸出額の17%が不良債権化して金融危機が訪れた。ウォンを買い支えたため韓国の外貨準備は底をついたので、国民に金製品の供出を訴え、日本など友好国に金融支援を要請すると共にIMFに融資を頼まざるを得なかった。IMFは融資条件として経済再建・自由化のために厳しい条件をつけた。まさにこの時期に大統領選挙が行われ、経済破綻を追求されて与党候補が破れ、万年野党候補だった金大中氏が僅差で初めて大統領に選出された。この経済危機に際して金大中氏は1998年2月の就任以前に既に引継ぎの名目で経済政策の主導権を取り、新経済政策を打ち出し実行して金融改革と財閥改革を遂行し、2003年退任までに見事に韓国経済を軌道に載せ、日本との差を見せつけた。

 経済再建がなぜ韓国に出来て日本に出来ないのかその差を考えよう。
1.国家破産に面したため、旧来のやり方では駄目という国民的合意。
2.IMFは外圧だから仕方ないという諦観。
3.旧来のしがらみの無い野党が政権に就いた。
4.日本より人材流動性が高かった上に緊急事態でクビ切りが可能に。
5.GDPの30%もの公的資金を銀行に投入し経営陣を総入替え。銀行員は113千人が68千人に、銀行役員は501人が183人に減少。
6.財閥はオーナ会社で、上意下達が容易。
これらの理由のおかげで、急速に市場原理・競争原理を導入し、横並びで何でも屋の財閥に集中と選択を強いることが出来たのだと私は考える。

 33行の銀行を政府が、優良行21、外資導入または合併をすれば存続可能行7、再生不能行5、に分類して発表した。合従連衡が行われ現在は18行となった。政府は銀行に貸出先企業を同様に分類して公表させたため、急速に企業の退場と再建が進んだ。財閥30社中16社が破綻したり、整理されたりした。存続企業も3〜4割の従業員カットを行い、見込みの薄い事業は撤退して有望事業に集中するように、政府が銀行を通じて働きかけた。例えば三星の場合は半導体、液晶、携帯に特化したため、半導体への設備投資は日本の大手を足した数値の3倍に達し、液晶と携帯も世界を席巻した。日本企業は同時期にクビを切ることを避けて次世代への投資を絞った。

 今韓国の財閥では毎年社員の成績下位5%はクビにする一方で、上位5%には厚遇と昇進を与え、40代前半で役員に登用するそうだ。終身雇用は完全に崩れ、優秀な人も大企業から起業会社に転職するようになった。しかし競争社会になったためストレスが社会に充満していると本書はいう。

 本書のまえがきに面白いことが書いてあった。日清戦争の講和会議で、伊藤博文が相手方の李鴻章に「清も大改革をして国家近代化・富国強兵を進めるべきだと十年前にご忠告しましたね」と言うと、李が「努力はしましたが、歴史ある大国は素早い改革は難しいのです」と嘆いたとのこと。韓国ハルラ大総長が筆者にこの対話を引用して「日本は清になってしまいますよ」と忠告したそうだ。確かに。            以上