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短編随筆シリーズ「うつせみ」より代表作 Photos of flowers, butterflies, stars, trips etc. '96電子出版の句集・業務記録

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うつせみ
2008年 7月11日
             卒業生講話

 出身校の山口県立光高校で「卒業生講話」をしてきた。そういう催しを一昨年から始めたと同窓会東京支部で聞き「候補者は大勢居られるでしょうが、私も候補に入れて」と申し入れたら、是非にと言われた。高校生時代に新聞部・弁論部・陸上部と3つもやっていたが、部活でも学業でもさして光高の名を高めた覚えも無く、反って受験勉強に一生懸命だった人格未成熟のイヤな奴だった自分の罪滅ぼしとご恩返しの年代ではないかと、実費謝礼一切をお断りして在校生5百名と若干名の父兄・同期生に90分の話をしてきた。もう一つ正直に言えば、小中学・大学に比べて今一つ母校感・帰属感が希薄だった光高へのお詫びと関係修復の気持もあった。聞きつけて嫁ぎ先の下関から2時間もかけて聴講に来てくれた同級生も居た。

 私が歩んできた情報産業の歴史や、苦労して悟った英語の勉強法の講話も考えたが、かなりの割合で居眠られてしまうかと危惧し、生徒が社会に出て活躍する頃の社会はこうなるという話をすることにした。国際化が猛烈な勢いで進行しているから、日本伝統の共存共栄思想に基づく「分け合う収入」から「働きに応じた収入」に徐々に移行し格差が拡がること、だから多様な人間の特性の一つ以上を磨き「世界に一つだけの花」のような個性を育てないとこれからの世の中は渡り難いこと、受験英語とは別タレントの実用英語がしゃべれれば給料が違う世の中が必ず来ること、英語で相手の心を掴むレベルに達するには日本語の5母音から英語の十数種の広義の母音をマスタする必要があること、企業もこれからは(設備産業を別にして)大企業より「世界に一つだけの花」のような小企業に分があること、特にベンチャ企業に注目すべきこと、などを実例中心にお話した。

 冒頭に何かJokeを言いたいと頭をひねり、「SMAPの歌に因んで「世界に一つだけの花」という表題を掲げたので誤解が生じたかも知れないが、私は木村拓哉ではない」と言ったら半分位の人がドッと笑ってくれた。

 女生徒1名が、私が立つや否や真後ろを向いて私語を始め小1時間前を向くことはなかった。私の話の評価以前に「お前の話は聞きたくない」という女番長の積極的な意思表示だろう。ならば私の罪では無い。私の責任としては、最初は生徒の半分が顔を伏せ聴講を拒否する姿勢だったが、段々と顔を向けてくれるようになり、最後には女番長も含めて大多数がまともに聞いてくれた。俺の話は聞かなきゃ損と最初に言ったじゃないか!! 校長先生から生徒の聴講態度が心配との事前警告があったが「いや聴講態度は講師の責任」などと大口を叩いた後だけに胸をなで下ろした。生徒は日頃よほどまずい講演を聞かされて先入主があったのではなかろうか。

 講話をするのに家内を連れて来る人も珍しいだろうが、私達は夫婦で光市を訪問した。長旅を共にしたかったし、何事も外務大臣が居た方が楽だ。前日に同期有志の10名ほどが夕食会を開いてくれた。街で突然すれ違ったらほとんど判らない人が多かったが、同期生として見れば段々判ってくる。陸上部の仲間だったお医者さん1人が7割現役と言っていた他は、大体悠々自適の年齢だが、元気な人が多い。同期生の1人が「皆は3年間=36ヶ月で光高を卒業したが、俺は35ヶ月で卒業した」と威張った。何のことか判らず記憶にも無かったが、1ヶ月の停学を食らったらしいことを今は誇らしげに語っているのだった。彼の行動力と闘争精神が一代で興した会社を成功に導いたが、同じ個性が停学を招いたのだろう。別れ際に35ヶ月の話を講話に入れろと言われた。そりゃ無理難題と思ったが三題話のお題のような挑戦を受けたと感じ「停学を推奨する訳ではないが、このような強烈な個性がこれからの社会では重要」と彼の話題を講話で紹介した。

 貰ったパンフを帰宅後に見てショックを食らった。今年の現役国立大学進学者は卒業生の3%に過ぎない。2002年の広域学区制が徐々に効いて、入学者数もレベルもここ2-3年で激変し、現役国立大学進学者も十数%(ならば想定範囲)から3%に急落したらしい。難しい話をしなくてよかった。

 光市が誇る虹が浜海岸を早朝に散歩した。砂防用の依然元気な松林を抜け、花崗岩系の白い浜に打ち寄せる透明な波に触れ、弧をなす白砂青松を懐かしんだ。私は何時の間にか半世紀前の高校生に戻っていた。  以上