米誌Scientific American 9月号は、性差問題の特集だ。第1章は「ふしだらな男、貞淑な女」という性差だ。生物学にBateman-Trivers原理というものがあるそうだ。それぞれ1919-96の英人と1943-の米人だ。曰く、子孫を残す上で、雌雄の努力量は異なり、多くの種では雌の方が大変だ。これを筆者はInvestment=投資量と呼ぶ。昆虫の多くの雄は多数回交われるが、雌は種によっては一生に1回か、せいぜい少数回しか交われない。限られた機会に投資する雌の方が投資量が大きい。また栄養が必要な卵を作る方が精子よりは大変だ。逆に、キリギリスの種類では、雄が雌に精子だけでなく卵を作るための栄養パッケージを渡したり、わが身を雌に食べさせたりする種類がある。その場合は雄の方が投資量が大きい。哺乳類では、妊娠・出産・授乳・子育てで雌の投資量は非常に大きい。
雌雄の投資量が大きい側は、投資を活かすために相手を慎重に厳しく選択することになる。選ばれる側、例えばライオンの雄は、相互に闘って勝てば選んでもらえる。物理的な闘いもあるし、孔雀のように魅力の闘いもある。生来の人間も同様だ。私有財産がほとんど無い原始生活では、選んでもらうために男性の方が飾り立てていた。「ふしだらな男、貞淑な女」の本質は「気軽に広く投資する男、慎重に集中投資する女」であり、投資戦略の差であるというのがBateman-Trivers原理だという。
ところが文明社会では、女性の投資量も大きいが、女性を幸せにする私有財産や社会的地位などを整える男性側の投資がより大きいため、男性側に選択権が移り、選ばれる側の女性は美と魅力を競うようになった。
しかし近年は更に逆転条件が生まれた。避妊技術の発達と、機械・道具や社会インフラが進んで子育ての重荷が軽減されたことを背景に、男女同権で女性の社会進出が進み自活出来るようになり、男性にも子育ての分担が求められるようになった。男性が求める女性像にも変化が生じ、米では家庭諸事よりも経済力、教養、知性を評価する方向が見えるという。その結果かつては高経済力・高学歴の女性は結婚し難かったのが、昨今は売れ行きが良くなってきたという。投資のバランスがより平等になり、女性にも選択権が戻って来たため、女性も性により開放的になり、男性もオシャレになってきた。原始時代への回帰、動物としての人間への回帰現象だ。昆虫・動物であれ人間であれ、投資戦略が根源という視点が面白い。
第2章は"Is there a 'Female' Brain ?"だ。「女性は数学・物理に向かない」と公言してHarvard学長を追われた人が居たなあ。従来は男女の脳は異なるという定説であったが、本号が紹介しているTel Aviv大Daphna Joel教授の千四百人のMRI解析に基づく最新の説は異なる。
紹介された図は、女性169名から選んだ典型55名、男性112名から選んだ35名に関して、脳の10か所の部位の体積の評価が示されている。各部位の体積の平均を男女別に求めれば、明らかに男女差があり、男性的な脳の部位と女性的な部位があることが分かる。しかし男女差よりも個人差の方が大きく、男性の正規分布的な分布図と女性の分布図とはほとんど重なる。各部位ごとに、値を11等分し、男性的特徴の値4段階を濃さの異なるオレンジ色で表し、女性的特徴の4段階を同じく濃い緑から薄緑までの4段階で表す。それ以外の中性的な値は白だ。上記55+35=90名を横軸に置き、縦軸には10か所の部位を置くと、90 x 10の行列が出来る。行列の各点に4段階のオレンジから、白、そして4段階の緑までの色を与える。
男女とも半分以上は白、つまり中性的な値だ。女性の55 x 10の点のうち30%は緑系だが、11%にオレンジ系が混じる。男性の35 x 10点のうち37%はオレンジ系だが、12%は緑系だ。図では、緑系だけの女性は1人もなく、オレンジ系だけの男性は1人だけだ。1/(55+30)=1.2%だが、図示されていない全体では、2.4%だったという。即ち平均値をとれば男女の脳に有意の差があるものの、個人別に細かく見ると、典型的な男性脳・女性脳は有るとしても2.4%、つまり有意差はないという結論だ。しかも男女差は生まれつきよりも、その後の育成環境によって変わって来る面が強いという。
蝿と人間のDNAは60%共通だから、人の男女差など僅差に違いない。以上