民主党が歴史的大勝を果たした。私も民主党に投票した。世界でも異常な数十年にわたる自民党による一党支配が私には気に入らなかったし、それを可能にしてきた集票メカニズムは怪しからんと思ってきた。米英のように時々は交代せざるを得ぬ競争原理の政治がより望ましいという観点だけから、昔から常に第2党にささやかな1票を投じてきた。ただ郵政選挙だけは例外で、郵政民営化に賛成出来なかった民主党に怒り、小泉首相の自民党に投票した。郵政で集めた資金が、投資効果の悪い票集めのProjectに融資される仕組みが、日本経済のためにならないと思ったからだ。
民主党が自民党より政治能力があるとも、昨今の経済危機への対応能力があるとも思わない。国民新党に引きずられて郵政民営化見直しと言い始めたし、社民党に影響されてインド洋給油を止める(延長しない)とも言っている。愚かなことだ。最近の日経ビジネスの最終頁に竹中平蔵氏が民主党への「公約不実行の勧め」を書いていた。民主党の公約には良い点も多くあるが、上記の点や高速道路無料化のような人気取りが見え見えの愚策もある。但しそれでも政権交代の実績作りの方が大事だと私は思う。
選挙後に木で鼻をくくったような小沢氏のインタビューを聞いて、民主党党首が小沢氏から鳩山氏に交代したことは民主党にとって良かったと思った。小沢氏を検察の手を借りて追い落としたのは自民党だと私は信じている。昔「この方が細川前首相の資金疑惑を暴いて自民党に政権を取り戻した検察幹部です」と紹介された経験があるからだ。小沢氏のままだったらこれほどの大勝は無かったろう。自民党・検察の思惑は逆走した。
今回の民主党人気はかっての小泉人気と同じだ。国民は「現状では困る。変えたい」と思っていたから、「自民党をぶっ壊す」と言った小泉改革を支持した。今は同じ思いから民主党への期待が高まる。今国民の期待は「国の努力で経済成長を取り戻して欲しい、また生活を国が保証して欲しい」ということであろう。経済成長も今や難しく、国債積み増しも限度があるから、誰が政権を取ってもその願いは満足には叶えられまい。だからいずれまた政権交代になる。それで良いのだ。そのうちに雪隠詰めが誰の目にも明らかになり世論も諦めがつく。そこで初めて夕張市のような遅い手が打たれるのだろう。そこに衆愚政治を厭わない民主主義がある。
今否定されている小泉改革は、竹中氏をBrainとして、2000年のITバブル崩壊の翌年から徐々に立ち直る5年半に、経済の国際化への軟着陸を狙っていたと思う。国に頼らず自助努力をせよというメッセージだった。企業は規制緩和と自助努力で業績を回復した。その陰で派遣社員が増え、社会問題を惹き起こした。格差拡大は小泉内閣の罪ではなく、経済の国際化の必然だ。製造業への派遣を許したのが失策というが、派遣を禁止したら製造業は外国に出て行く。田中角栄氏が作った郵政関連の集票マシンを民営化で潰さないと国のためにならないという考えは正しかった。小泉内閣は日本では珍しく痛みがあるが正しいことをした内閣だったと思う。
日本は米英に比べて階層意識が希薄な国だ。本当は「派遣階層」や「国民健保・年金階層」があっても良いのだが、顕在化しない。だから小選挙区で勝つには国民大多数のウケを狙う必要があり、それ故に自民党も民主党も訴求点はそれほど変えられない。多少の軸足の差がある程度で、米英の二大政党よりも差が小さい。実際自民党を正式に自由民主党と言ってしまうと、党名すら民主党と区別し難い。New York Timesの記事を見るとLiberal Democratic Party, Democratic Party of Japanだから、混乱しない方がおかしい。一方公明党、共産党、社民党などは国民大多数の支持を期待していない政党だから、比例代表制に望みをつなぐ。
誰が政権を取っても今は大変だ。だからしばらくは民主党を暖かく見守るつもりだ。1996年結党の目的は「官僚依存の利権政治との決別」「地域主権社会の実現」だった。その理念をどこまで追求できるかだ。自民党は政権党でないと機能しない利権集票マシンから卒業して野党慣れした方がよい。しかし両者の役割が定着したら、私は多分また第2党に投票すると思う。その時気持ち良く投票できる自民党になっていて欲しい。 以上