7月31日の朝日新聞夕刊に面白い囲み記事があった。7月9日のNHKのTV番組「ためしてガッテン」での実験が話題になっていた。37.2度と66.5度の水を60gずつ同じ容器に入れて-25度の冷凍庫に入れたら、お湯の方が先に凍結したそうだ。必要な冷却力は37.2対66.5ではない。0度の水を0度の氷にするには1g当たり80 Cal必要だから、117.2対146.4で、25%の差だ。物理学者の大槻義彦早大名誉教授は「馬鹿馬鹿しい」と否定し、番組に協力した前野紀一北大名誉教授はこれは「ムペンバ効果」といって昔から知られた現象だと言う。早速Webを引くと次のURLが一番よく説明してあった。もっとも、大槻教授が実験したら起きなかったというし、NHKは何度実験しても起こったから放送したという。各種条件によるらしい。
http://math.ucr.edu/home/baez/physics/General/hot_water.html
MpembaというTanzaniaの少年が1963年に、学校でアイスクリームを作る実験で、暖めたミルクで砂糖を溶かし、冷えてから冷凍庫に入れるはずを、熱いまま入れたところ、冷やしてから入れた級友のより早く凍ったという。先生からは何かの間違いだろうと言われたが、アイスクリーム屋の友人からは、早く凍らせるために熱い液体を加えていると聞いた。高校生になってお湯と水で実験したらお湯の方が早く凍結した。高校を訪問した物理学のOsborne教授に訴えたので、教授が学生に命じて追実験で確認し、1969年に連名でPhysics Educationに論文を発表したという。一笑に付すことなく追実験した教授は偉いと思う。紀元前300年のアリストテレスが既にこの現象を捉えていた文献があるそうだ。以降西洋の中世に何度か文献があり、また近代でも庶民の知恵として知られていたそうだ。
業績が悪化した会社の方が再建は早いというのなら判るが、なぜ湯が早く凍るのか? 上記URLは次の5つの説明を紹介している。
1.蒸発:冷凍庫に入れてから凍るまでの間に表面から水が蒸発する。お湯の方が沢山蒸発するから水の量が減り、凍り易くなるとする。冷凍庫の温度と湿度によるが、差が出るほど沢山蒸発するかなあ。現に密封容器でもMpemba効果は起こるという実験報告もあり、MpembaとOsborneの論文でも計測された蒸発量だけでは説明できないと記されているという。
2.溶解気体:水を温めた時に、水に溶解した気体が放出されるために水の性質が変わり、熱伝導率が上がり、氷点や氷結の潜熱まで変わるという説があるそうだ。しかし理論的証明はなく、しかも一度熱してから冷ました水と比較してもMpemba効果は起こるという実験報告もあるという。
3.対流:冷却中に水の対流が起こる。容器の形状にもよるが冷却される周囲で水が下降し、中央で上昇し、最上部の表面温度が一番高いのであろう。容器の熱伝導率にもよるが容器を通して冷却される側面や底面よりも水の表面が最も冷却効果が高いのであろう。水温が高ければ対流はより活発となり、温度の高い表面から盛んに熱が奪われていく。2つの容器の水の平均温度が同じとしても、お湯からスタートした方が表面温度は高く(平均は同じでも上下差大)、冷却効果が高い、という想定である。
4.周囲条件:冷凍庫の形状、特にサイズによってMpemba効果の表れ方に違いが出てくるという。冷凍庫側に充分な冷却力がないとお湯の冷却に支障が生じるのかも知れない。冷凍庫に目に見えないほどの霜でもあれば、お湯を入れた熱い容器で融け、底面からの熱伝導が良くなるという説があるそうだ。但し家庭用冷凍庫での実験ならいざ知らず、実験室で科学者が実験する時にはそんなヘマな実験はしないはずだ。
5.過冷却:氷結の核に乏しい純粋な水を、0度以下になったことに気付かせぬほど静かに冷却すると、水は凍結することを忘れ、過冷却水になることが知られている。或る実験では、お湯は-2度の過冷却水になったが、冷水は-8度の過冷却水になったという。お湯を冷やした場合の方が対流が活発で水中の温度差が大きいので、部分凍結が早く起こるという。
上記5つの説はいずれも、Mpemba効果の説明としては説得力が弱い。私があり得るかも知れないと感じるのは、3.対流と、対流に関連する5.過冷却だけだ。実験する気もしないが不思議な現象のようだ。 以上