NHK総合TVは5月1日9pmに「古代遺跡透視」という番組を放送した。Muon=ミュー粒子という素粒子でエジプトのピラミッドを透視し、建設方法などを解明する試みがあるそうだ。既に福島原発の炉の内部を透視したり、鹿児島県硫黄島の噴火ではマグマが上がってくるのが見えたともいう。
Muonは宇宙線の中に豊富に含まれる。正確に言えば、宇宙から降ってくる1次宇宙線は陽子主体の荷電粒子だが、それが大気のガス原子に衝突して様々な粒子を生む。これら2次宇宙線の多くは大気と衝突して消滅するが、しぶとく生き残って地表に達するのはほとんどMuonだ。
Muonは「重い電子」で、質量以外は電子と同じだ。もっと重いTau=タウ粒子もある。具体的な質量は、電子は0.511MeV(M=百万、Electron Voltは電子を1Voltで加速したエネルギーの単位→質量の単位)だが、Muonは105.7MeV、Tauは1,776.82 MeVと大きな差がある。電子はほぼ永久の寿命を持つが、Muonの平均寿命は2.2マイクロ秒、Tauはわずか2.9×10^(-13) 秒に過ぎない。3種併せて素粒子物理では荷電Leptonと呼ぶ。電荷の無いLeptonがNeutrinoで、他にQuarkもある。これらは何れも質量だけが著しく異なる3種があって、軽い方から第1世代、第2世代、第3世代と呼ぶ。
ともあれMuonは第2世代の荷電Leptonで、「二百倍重い短命の電子」だと思えばよい。Muonが光速で飛んでも、平均寿命2.2マイクロ秒では660mしか飛べないと思われるが、相対性原理の摩訶不思議なところで、光速近くで飛べば時間経過が遅くなり、実際には数kmから十数km飛んで来る。通常は1cm2当たり1分に1個くらいの頻度で飛んで来るそうだ。
ところで物質は原子核と電子で出来ていて間はスカスカだ。Neutrinoは物質にぶつかってもスカスカの中を通過してしまい、原子核や電子に衝突することは稀である。その稀な現象をKamiokandeは捕捉してNobel賞を2つも貰った。しかし荷電Leptonは負電荷を帯びているから、正電荷の原子核に引き込まれて衝突する確率が高い。
電子は質量が小さいから容易に引き込まれすぐ消滅する。Tauは大質量だから通過する割合が高いが短寿命だ。Muonが丁度都合が良くて、原子炉やピラミッド程度は通過するが、物質の密度が高く原子核が沢山ある場所では衝突で消滅したり減速する。減速すると相対性理論の魔法が解けて短寿命になるから、通過する割合が激減する。それを観察すれば原子炉やピラミッドの物質の分布が判る。検出には原子核乾板という名の放射能検出板を使う。荷電粒子のみを記録する機能があり、厚みの中の軌跡から入射角も分かる。大気中に飛び回っているMuonが対象被検物で減衰した後の角度と個数を知ることが出来る。これをMuon Radiographyというそうだ。
福島第1原発の透視は、名古屋大学と東芝の共同研究で成功したと昨年3月に発表された。健全なまま休止している5号機と対比して、炉心熔融が推察されている2号機の炉心の物質量は格段に少なく、熔け出したことが裏付けられたという。今後炉心下部の物質量を調べるそうだ。
エジプトとフランスがピラミッドを調査するプロジェクトの中で、名古屋大学のMuonによる透視技術が使われる。それにはNHKが支援して放映権を獲得し、今回を初めシリーズで取り上げていくと言った。今回は透視技術の原理や、ピラミッドの謎の復習など導入編だった。充分な数のMuonを捉えるために数十日間原子核乾板をピラミッドの中に放置するのだが、エジプトの灼熱にやられて真っ黒に現像されたそうだ。そこで乳剤を改良した。本命で最大のクフ王のピラミッドより先に、構造が既知の屈折ピラミッドで試行した。見掛け50cm角ほどの乾板を十数枚一番低い床に並べて、上方の様々な角度から入射するMuonを記録し、コンピュータでピラミッドの構造を再現してみた所、既知の玄室が鮮やかに表現されたという。これに気を良くして、いよいよクフ王のピラミッドでの試行として数枚を置いた所で第1回の番組は終わった。複数枚の乾板を使う理由は、ピラミッドの構造を異なる角度で見ることになるからだという。何日放置すればMuonが多過ぎず少な過ぎぬ適正露出になるかを調べるのであろう。
次回以降のレポートが楽しみだ。 以上