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うつせみScience
2020年10月 9日
          Nobel化学賞2020

 今年のNobel化学賞は、Crispr-Cas9という遺伝子DNAの編集技術の発明に与えられた。受賞理由は"For the Development of a Method for Genome Editing"(遺伝子編集方法の開発)だ。「遺伝子の鋏(はさみ)=Genetic Scissors」とも呼ばれる。細菌は自らのDNAの中にウイルスを撃退した免疫記憶を持ち、細菌の子孫に代々伝えている。撃退の方法はウイルスのDNAをちょん切ることだ。それに学び、人のDNAでも植物のDNAでも狙った場所で切断する技術が開発され、遺伝子編集技術に発展した。

 独BerlinのMax Plank研のEmmanuelle Charpentier(仏語の大工)氏(1968-)と米UCB大教授Jennifer Doudna(ダウ-)氏(1964-)が協働して、開発・発表した技術だ。化学賞が2人の女性に贈られるのは初めてで、また歴史上6・7番目の女性だ。両氏が米誌Scienceの2012年8月号に発表した論文が遺伝子編集の始まりで、人の遺伝子病の治療や、遺伝子編集の植物の開発などに発展した。2018年には中国で、人の胎芽=受精卵を改変し世界初の遺伝子操作(AIDSに罹り難い)の双子が生まれたと、倫理問題にもなった。

 Charpentier博士は長年猩紅熱などの病原細菌の研究をしていた。2006年にその病原菌のDNA配列に繰り返し部分があることに気付いた。繰り返し部分の存在を最初に発見したのは九大石野良純教授で、阪大在職中に大腸菌のDNAで見つけ1987年に発表したが、機能は不明とした。模式的に言えば ...XYXabcdeXYXfghiXYXjklmnXYX....の形で、このXYX(実際にはもっと長い)の存在を石野教授が発見した。スペインのMojica教授がこのXYXの部分をCrispr=Clustered Regularly Interspaced Short Palindromatic Repeatsと名付けた。Palindromaticとは「上から読んでも下から読んでも山本山」のような回文構造を言う(だからXYXと模式化)。

 問題はCrisprとCrisprの間の配列(fghiなどで模式化)で、これらは各種ウイルスのDNAの一部だと分かったので、細菌がウイルスの再度の侵入を防ぐ免疫記憶ではないかと推察された。また細菌の細胞の中にCrispr-Associated=Crispr関連=Casという酵素とその遺伝子が発見された。

 Charpentier博士は、細菌がウイルスの侵入を防ぐ手順を発見した。ウイルスは細菌の細胞内に遺伝子DNAを送り込んで(新型コロナは人の細胞にRNAを送り込む)、細菌にDNA通りの蛋白質、つまりウイルスを作らせて増殖する。ウイルスに打ち勝った細菌は、ウイルスのDNAの特徴的な一部を取り込み、前後にCrisprを付けて(XYXfghiXYX)、自分の遺伝子に組み込んで記憶免疫とする。細菌のDNAからRNAが複写される。RNAのCrispr部分に結合する短いtracrRNAがあって、結合するとCas9という酵素を呼び寄せてウイルスの遺伝子+Crispr+tracrRNA(XYXにtracrRNAが結合)を切り出し、Cas9を伴って「遺伝子の鋏」になる。ウイルスが再び侵入してきたら、遺伝子の鋏が出て来てウイルスのDNAに(fghi部分で)結合し、Cas9の働きでウイルスのDNAを切断し無効化して感染を防ぐ。これを博士は2011年に発表した。更に進めるためには遺伝子RNAの専門家が必要と考え、Puerto Ricoでの学会で会ったDoudna教授との共同研究を始めた。

 両氏は、細菌がウイルスの遺伝子DNAを切断する手順は、実はあらゆるDNAに応用できることを発見した。上記のようにウイルスのDNAの一部をRNA化する代わりに、任意のDNAの切断したい位置の配列に合うRNAを人工的に作って、それにCrispr+tracrRNAを付加して加えれば、Cas9が上記のようにその場所でDNAを切断する。更に発展させて、切断したり、切断部を短絡しり、切断部に別の遺伝子を挿入したりする遺伝子編集技術が完成した。従来からあった遺伝子編集の手段よりも、Crispr-Cas9は遥かに簡単で速いため、全世界で利用されるようになった。

 Crispr-Cas9は有名な特許紛争になっている。2012年に米Cambridge,MAのBroad研究所と、Doudna教授のUCB大がほぼ同時に特許申請をした。日本の特許申請は1秒でも早い方が勝ちだが、米国ではどちらの発明が早かったかで決まるので、今なお係争中だ。Nobel賞が影響するかも知れない。

 青学福岡伸一教授は10月8日の朝日新聞に、生命科学の3大発明は@PCR(うつせみ10/2)、AMonoclonal抗体、B遺伝子編集だと書いた。 以上