去年と違って今年のNobel物理学賞は難しい。委員会の次のURLの一般向け解説8頁を参考に、マスコミよりはマシな54行の解説を狙ってみよう。
http://nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2008/info.pdf
物質と反物質のSFがある。宇宙から来た彼女は反物質で、地球人の彼氏が抱擁した途端に2人は光となって消滅する。物質の原子はプラス荷電の原子核の周りをマイナス荷電の電子が回るが、反物質の原子ではマイナスの原子核の周りをプラスの陽電子が回る。電荷が逆なだけの対称形の物質と反物質が出会うと光などの放射エネルギーを発して共に消滅する。Big Bang直後の宇宙は素粒子の熱雲だったが、物質と反物質つまり粒子と反粒子は同種同数だった。実際様々な物理方程式は、電荷が逆でも成り立つCP対称だ(Cは電荷=Charge、Pは反転性=Parity)。しかし対称が一部崩れた結果、物質が100億分の1だけ余って消滅を免れ今日の宇宙を構成した。
宇宙線に含まれるK中間子=Kaonは、CP対称の2対、計4種類ある。その各々が、或るQuarkと、別の反Quark=Anti-Quarkの組合せである。なぜ消滅しないのかといえば、X+反Xだと消滅するが、X+反Yだと消滅しない。K中間子の崩壊の観測で、CP対称でも異なる挙動があり、対称の破れ=Symmetry Breakingがあることを1964年に発見した2人の学者は、1980年にNobel賞を受けた。今回Nobel賞を受賞した益川氏・小林氏は、同種のQuarkと反Quarkとは相互に変身し、従ってK中間子と反K中間子も互いに変身するとした。同種のQuark/反Quarkの相互変身の確率(遷移確率マトリックス)に関して、当時3種類発見されていたQuarkがもし6種類あれば上記CP対称の破れが起こり得ると考えて1972年に、6種類あるに違いないとした。これが1974年から1994年に実験で確認され、素粒子論の集大成である「標準理論」が完成した。6種のうち陽子や中性子を構成する最も軽いUp QuarkとDown Quarkは安定だが、もっと重い4種は短命で現実の物質を構築することはない。しかしBig Bang直後にはこの重い4種がもっと主役を演じて、粒子が反粒子より僅かに多くなったと考えられている。
一方南部氏は同じ対称性の破れでも「自発的対称性の破れ=Spontaneous Symmetry Breaking」を初めて素粒子論に取り入れた1960年の論文(シャブリ尽くしたと益川氏)で今回Nobel賞を受賞した。次の比喩が用いられる。丸い鉛筆を芯で立てれば芯を中心に360度対称形だが、自発的に倒れて対称が壊れた方が安定だ。底が内側にへこんだワイン瓶の内側の底の中央にパチンコ玉を置けば対称形だが、玉が自発的に一方向に落ちた方が安定になる。このように対称よりも対称が自発的に破れた方が安定という場合が素粒子の世界にもあるという。南部氏は超伝導が自発的対称性の破れで発生することを或る数学手段で示し、素粒子論に取り込んだ。その考えが超伝導に限らず標準理論全般で用いられるようになったという。
Einsteinは、有名な方程式で質量とEnergyは同じものだとした。だから真空は最もEnergy Levelの低い状態だ。しかし量子力学によれば、真空中でも素粒子と反素粒子がペアで誕生してはすぐ消滅することが年中確率的に起こっている。宇宙もそうして真空から生まれ、一部消滅し損なって今日の我々があるとされている。Big Bang直後の宇宙は完全に対称で素粒子は何の力も受けなかったが、冷えるに従って鉛筆が倒れるように「自発的対称性の破れ」が起こり、4種の力が素粒子に及ぼされるような「場」が真空中でも生じた。4種の1つが「質量」と「重力」である。Higgs氏という万年Nobel物理学賞候補の英人が1964年に提唱した質量・重力を生じさせるHiggs粒子が、今年9月に動き始めたスイスの国際巨大加速器LHCで発見され、Nobel賞受賞になるはずと待たれている。この場合の「自発的対称性の破れ」はヒッグス機構=Higgs Mechanismと呼ばれる。
陽子と中性子が固まって原子核を構成するに必要な「強い力」を計算するのに南部氏の数学手段が今日標準理論で広く用いられているそうだ。現在標準理論は「電磁力」、微小距離の素粒子間に働く「弱い力」、上記の「強い力」の3種の力を扱うが、「重力」まで含め4種の力が扱えるように標準理論を拡張する努力が様々の仮説で進められている。 以上