温泉って何だ? 温泉法では、(1)湧出温度が25度以上なら成分は問わない、(2)溶存物質が1%以上あれば成分や温度は問わない、(3)18種類の成分の何れかが指定量以上含まれれば温度は問わない、となっている。掘削と浴用開業の知事許可制を広く適用するためのこの寛容な定義のおかげで、何か掘り当てると大抵は温泉と宣伝できる。例えば鉄が10万分の1以上含まれる井戸水は「温泉」ということになる。
有名な温泉は元来は自噴温泉だった。別府、箱根、那須などの地獄・地獄谷は有名だが、日光湯元や伊豆熱川でも自噴温泉が見られる。しかし竹下内閣の「ふるさと創生資金1億円」以来、掘削技術が発達して数千万円で千米は掘れるようになった。千米も掘れば25度以上のお湯が出て少しも不思議は無いし、地中の温水に何かが溶け出していて当然だ。だから日本国中総温泉の時代になった。但し上記の(2)(3)ではなく(1)つまり25度以上で定義された「純水に近い」温泉は「単純温泉」と呼ばれる。
日光湯元の温泉は硫黄、硫化水素、Na/Kの硫酸塩を多く含む。湧出時には透明だが浴槽で冷えると茶がかった白濁を見せる。白濁の温泉は大体こういう成分で、硫黄が白濁をもたらす。上高地に近い白骨温泉も類似の泉質だ。湯船が白くなるので白「船」温泉が語源だという。一部白濁しなくなった危機感から草津温泉の湯の花を使ったのがバレて新聞沙汰になった。その草津温泉も硫化水素やAl硫酸塩だから似ている。長良川河口長島町の鉄錆色の温泉はてっきり酸化鉄だと思ったのだが違った。一般に温泉に鉄イオンはあまり多くないし酸化鉄はない。北海道十勝川には、亜炭泥炭を含む「Moor温泉」があるという。独語Moor=亜炭という誤訳がWebに書いてあったが、正しくはMoor=湿原で、Moorbad=泥浴だ。
八ヶ岳の諏訪側に流れる渋川沿いでは数箇所で温泉が出る。同じ泉質かと思いきや全部違う。色まで違う。よほど複雑な地層になっているのだろう。私が好きな渋川温泉保科館ではNa硫酸塩、炭酸水素塩などを含む茶濁の湯だし、信玄の秘湯を称する渋辰野館は白濁の明礬硫黄温泉だ。
伊豆の語源は湯「出づ」だそうだが、私の知る限り全て無色透明の温泉だ。それでもNa, K, Cl, SO4を中心に2%ほどの含有物がある。伊豆高原で入る温泉は、主として伊豆熱川から伊豆急行が線路沿いのパイプで15km引き、一定温度に加熱維持しながら地区内を常時循環させている。熱川の噴出泉では、蒸気を冷やして出来るだけお湯にするための木製のやぐらにビッシリ湯の花が付き、それを落とすのも処分するのも大変らしい。或るホテルでは玄関先に湯の花を積んで、観光客が自由に持っていけるようにしている。市販の湯の花に比べて水に溶け難いが、本物の趣がある。
「掛け流し」という言葉がある。源泉からの温泉に加水も加熱もせず、そのまま浴槽に注ぎ、溢れた湯は捨てるのが「掛け流し」だと定義されている。その反語は「循環」とされており、浴槽の湯をボイラに引き濾過・殺菌・加熱して浴槽に戻す方法で、温泉の湯量を節約する方式とされている。限られた温泉湯量に対して温泉ホテルなどが林立している場所では循環しかあり得ないため、「掛け流し」か「循環」かを表示せよという消費者側の動きに対して抵抗が強い。ただ「掛け流し」と「循環」は明らかに反語ではあり得ず、中間にも前後にも色々な方式がありそうだ。
米国には場所によって豊富な自噴温泉があるが入浴施設はあまり無い。そう米人に言うと「いやあるさ。小児麻痺のF.Roosevelt大統領はNew Jerseyの温泉施設に通った」という。欧州には温泉療法と保養施設が沢山あるが、水着で入る温水プールのようなものだ。
別府や指宿で砂湯に入ったことがある。砂湯は温泉の法的定義には入らないのかも知れない。砂湯はお湯よりも血の巡りが良くなり体に良いとワイフはいう。温泉も単なるお湯より温まるという。そう信じられることは幸せだから、その説に反論を唱えるつもりはないが、私には理解し難い点である。しかし私も露天温泉の雰囲気は好きだ。なぜか露天風呂は温泉に限られている。黒部渓谷をトロッコ列車で上った川岸に湧く温泉に、男女観光客の衆人環視の中で真っ裸で入った時は快適だった。 以上