Eulogy(賛辞), Panorama, Animation, 観光案内 Eulogy(賛辞), 短編随筆, 三宅島の噴煙 Pictures of the current season
Sue's recent experiences Shig's recent thoughts 自己紹介
短編随筆シリーズ「うつせみ」より代表作 Photos of flowers, butterflies, stars, trips etc. '96電子出版の句集・業務記録

Home, 目次


うつせみ
2004年 4月 4日
             大島桜

 染井吉野が関東地方に咲き揃って行く頃、私が大好きな大島桜がまた野山を飾る。薄桃色に満開の染井吉野も華やかで好きだが、以下に述べる二つの理由で私は大島桜がもっと好きだ。大島桜は、伊豆大島に多いのでその名が付けられたが、大島に限らず伊豆諸島、伊豆半島、三浦半島、房総半島に野生する真っ白な桜で、山桜の親戚とされている。注意して見ると東京でもよく見かける。葉と花が同時に出る所は山桜そっくりだが、赤みがかった葉と花をつける山桜に対して、大島桜は真緑の葉と真っ白な花である。真緑と純白は清楚な感じのデザインによく利用されるツートンカラーだ。美的に優れていることが私が大島桜を好む第一の理由だ。

 学説では染井吉野は、江戸彼岸桜と大島桜の交配種とされているが、いや江戸彼岸桜の突然変異種だとする学者もいる。DNAを調べて決着して欲しいものだ。江戸時代から上野の山に吉野山起源の桜が移植され「吉野桜」と称されていたが、上野精養軒前にあった吉野桜が他と異なるので文部省博物局の藤野技師が新種として1900年に学会発表した。駒込村の分村だった染井村から来た木だと庭師が言ったので「染井吉野」と命名したという。いや染井吉野という名は江戸時代からあって、染井村から出荷された吉野桜がそう呼ばれていたという説もある。いずれにしても、1900年に正式に命名されたことと、精養軒前の木を原木として増殖したことは間違いないらしい。染井吉野は挿し木、継ぎ木で育てた苗木で増やすクローン増殖のはずだが、染井吉野の並木に時々大島桜が混ざっていることがあるのは謎だ。クローンだと先祖返りは考え難いし、苗木の段階で取り違えが起こったのだろうか。先日も仕事で訪れた靖国神社の側の染井吉野の街路樹に大島桜が2本混じっているのを見つけた。伊豆高原の3kmの染井吉野のトンネルは桜祭で賑わうが、やはり大島桜が1本混じっている。

 靖国神社の隣、千鳥が淵の染井吉野は江戸城時代からの古木かと思っている人が居るので念を押しておく。染井吉野が徐々に全国に普及したのは明治も後期以降の話だ。しかも思いっきり花をつける染井吉野は短命で、通常は70-80年、高々100年が寿命だ。全国に何百年という桜の古木が幾つもあるのはほとんど江戸彼岸桜の通常種または枝垂れ種だ。さもなくば山桜だ。千鳥が淵は1919年(大正8年)に東京市が公園として整備したが、千代田区が桜を多数植えたのは昭和30年だそうだ。

 染井吉野は苗木で増やすから、公園や学校にせよ並木にせよ、ここに桜を植えようと人間が思ったところに植えられて、多くの場合大事に育てられる。それに対して親の大島桜は、一部人工的な繁殖もあるが、多くは実生、つまりさくらんぼから生えたものだ。だから山や森に他の木々に混じって育ち、人間様の庇護は受けない。だからどこにどんな木々があるかに比較的気付く自然派の私やワイフも、大島桜の在り処に気付かないことが多い。野生種だけに染井吉野より長寿だから古木・大木が多いにも拘わらずだ。それがこの季節になると真っ白な花をつけて年に一度の鮮烈な自己主張をする。熱海から下田までの国道135号線は、海に落ち込む山続きで近代に至るまで道が無かった所に、近代の土木技術でトンネルと橋梁で無理に道路を作ったのだが、その道筋の急峻な山肌に点々と真っ白い大島桜が咲く。ああ、ここにも大島桜、あそこにも、と感動を以って発見する。近くに寄ることも出来ない斜面の山中だったり、深い森の中だったりするが、この時ばかりは遠くからでもそれと分かる。炭焼きだけが入る密林状態だった熔岩原を切り開いて分譲した東伊豆の各別荘地では、恐らく開拓以前には山中に点在していた大島桜が敷地に取り込まれて大木として残っている。日頃は目立たないが、この季節には俄然注目を集める。

 日頃凡庸に見えていた仕事仲間が、或る日突然輝いて見えることがある。あるいは目立たなかった女性が或る瞬間にはっとするほど美しく見えることがある。評価すべき美点を発見した時には自分のことのように嬉しい。日頃はあるのか無いのか分からない大島桜がこの季節に輝くのは、そういう体験に重なる。これが私が大島桜が好きな第二の理由だ。

 大島桜を見られるだけで関東に住む値打ちがあるというものだ。 以上