California州立大の心理学教授の本は、説得と思考操作(Mind Control)の心理学の教科書だった。和訳も出ており、セールスマン必読の書だ。
The Power of Persuasion, Robert Levine, John Wiley & Sons 2003
あなたもこうしてダマされる ロバート レヴィーン 草思社 2006
著者の或る体験談から始まる。約束していた好青年が煙突掃除にやってきて、予想より早く終わったからと言い値より安い料金を受け取った後、実は煙突に問題があり今のうちならBrikonoという薬剤を使えば直るが、Brikonoは最近品薄で必要量が$500に値上がりしてしまった、手配してくれれば作業は自分がやってあげると言って帰った。彼はすぐ引き返してきて「もしやと思って探したら作業車にBrikonoが残っていた。値上がり前に買ったから$250でいい」と言ったので著者は喜んで頼んだ。何時間か経って「ヤラレタ!!」と気付き、電話したがやはり正体不明の人物だった。彼の手口は詐欺の定石に全て合致していたという所から本書は始まる。
その一つがAnchor効果で、値段が分からぬものを売る場合は、まず高い価格を提示してAnchorとし、そこから値引くと客は喜んで払うという。
他人は騙され易いが自分は騙されない、他人には災害が及ぶとしても自分は大丈夫だという非合理な信念が人間にはあるそうだ。この広告であなたは影響されるかと聞くとNoと答えるが実は影響されており、この広告はあなた以外の人に影響を及ぼすかと聞くとYesになると。また自分の余命を答えさせると必ず統計より長く答えるそうだ。非合理の自覚は無い。
セールスマンらしい人や、押し付け型の広告は、受け手が警戒して効果がない。誠実そうな人が、立派な肩書を持ち、整った身なりで、良い車に乗ってきて、統計や専門用語をとりまぜて話すと、人は信用するそうだ。占い師や読心術師は、相手の努力をほめるなど相手が聞きたく思っていることを話し、正直過ぎるなど損をしている美徳を褒め、同じ内容を複雑に繰り返し、推定に自信がある所は特定化し不明な所は曖昧にして両方を良いバランスで話すと、自分のことが判っていると相手は感動するという。これらは初対面の人に自分を売り込む技術に通じるものがあると思う。
セールスの10の定石は、(1)客の得を複数に分割する。肉の量をおまけするより、肉を買えばタレも脂身もおまけに付く方が高評価。(2)小さな得を損(出費)から切り離す。値引きよりリベート。(3)損は分割せず一括。カーステレオは車と一緒に売る。(4)小さな損は得と一緒に。給料の天引き。(5)不確定な大きな得より小さくても確実な得を、確実な小さな損より不確定な大きな損を客は選ぶ。(6)まず与えて擬似的に所有させてから、それを失うか買うかと迫る。(7)出て行く損より機会損。給料天引きなど。(8)回復不可能な損失を取り戻そうと更に損を重ねる心理を利用。(9)高い価格から大幅割引。(10)表示価格に上乗せは駄目。「クレジットカードなら上乗せ」より、「現金なら割引」の方がよい。
この本には3つのハイライトがあった。(1)著者達が包丁の訪問販売員に応募し、また(2)車の販売員になり、成程と膝を打つ販売テクニックを調査した。セールスマン必読の部分だ。最後に(3)Californiaに発祥し南米Guyana国のジャングルの真ん中に宗教都市Jonestownを築いた宗教団体Peoples Templeで、1978年にほぼ全員918名が揃って集団自殺した事件があった。その自害に至る全員集会のやりとりを録音したテープが紹介され、信者がどのように思考操作されて死に向かったかを解説している。
気が咎めたのか著者は最終章を「The Art of Resistance」とし、詐欺に遭わないコツを述べている。まず(1)自分だけは騙されないという偏見をデータに基づいて除く。(2)物事を科学的論理的に考察する。(3)違った角度からものを見る。「お祈りの最中に喫煙していいか」と司祭に聞けばNoだが「喫煙中にお祈りしていいか」と聞けばYesになる如く。(4)何事も「そうでない可能性はないか」と反証を考えてみる。(5)集団心理に警戒。(6)今まで気付かなかった不足をセールスマンに指摘されても、本質的な不足ではないから買うなとのこと。要は自分も説得され易い人間だと自覚した上で合理的に物事を考えよ、ということであろう。 以上