私も名を知る加物理学者が物理学の停滞と対策を主張した本を出した。
The Trouble with Physics, Lee Smolin, Houston Mifflin, 2006
20世紀初頭にEinsteinが特殊相対性理論を、BohrやHeisenbergが量子理論を考え出し、基礎物理学が革命的に進んだ。これを各現象に適用して原子物理、素粒子物理、宇宙理論が発達し、1940年代には標準模型=標準理論=Standard Modelと呼ばれる素粒子理論が完成し、1981年には宇宙は誕生初期に急速に膨張したとするインフレーション理論が完成し、Big Bang説を補強した。ここまでは理論は実験検証を得ていた。
しかし多数の努力にも拘らず、物理学の未解決問題リストは1980年と今とでほぼ変わらず、物理学は袋小路に入ったと筆者はいう。そのリストには、天文のような巨大スケールで適合する相対性理論と原子のような微小スケールで適合する量子理論の統一や、放射崩壊に関係する「弱い力」と電磁力は統合理論に取り込まれたもののQuarkを結びつけて陽子を構成する「強い力」と重力を取り込む統合、など5点を筆者は挙げている。
素粒子は全て微細なヒモの振動であるという弦理論=ヒモ理論=String Theoryがこの四半世紀の基礎物理学の主流である。1984年の超弦理論=Superstring Theoryの出現で「あと1年か1年半で全て解明される」と期待されながら20年以上経ったと筆者はいう。超弦理論には無数の自由度(係数)があり、それらを任意に設定することで未解決問題を解決する理論は出来るのだが、その必然性や実験検証がないために仮説に留まっていると筆者はいう。超弦理論は多数の未発見素粒子を仮定する上に、時間次元の他に9次元空間を仮定する。うち6次元分は「まるまって」Curl-upしているから見えないとする。3次元の全ての点に微小な円があれば、円上の点が第4次元、球面なら第4・5次元となり、同様に複雑な形を仮定すれば9次元空間になる。神様はそんな複雑な空間を作るかなあ、と私は思う。
相対性理論はNewton力学と異なり、観測の背景として座標軸・時間軸を固定することを要しない。これをBI=Background-Independentという。微小世界で生まれた量子理論はBIの必要が無くBD=Background-Dependentだ。両者の統合をBIで探求する努力にあまり成果が出ぬ内に、BDで量子理論とMaxwellの電磁学を統一した美しいQED理論が、HeisenbergとPauliによって1929年に完成したため、物理学者はその上に重力の統一を試み、やがて今日の弦理論に発展してきた。即ち弱い重力の場合には、重力を運ぶ素粒子Gravitonを想定することで統一理論が出来たが、強い重力の場合や、重力波が重なる場合は無限大に発散して解けていない。1974年までにBDでは重力は量子理論に取り込めないことが認識された。だから筆者は、もし弦理論が正しいとすれば、より基本的なBIの統合理論があり、それをBDを条件として近似したものが弦理論になるはずだとしている。
筆者自身も数年間弦理論に没頭し18編の論文を出したものの、上記理由から弦理論を離れてLoop Quantum GravityというBIの理論を進め、またDSR=Doubly Special Relativity=二重特殊相対性理論に貢献し、これらに将来の期待を掛ける。Einsteinの特殊相対性理論では、長さも速度も観測者によって違って見えるが、最大速度の光速だけは観測者によらず一定とした。DSRは光速だけでなく長さも、最小長のPlanck Length=1.6x10^-35mだけは観測者によらず一定として組み立てたEinstein理論の拡張だ。
筆者は、我田引水ではなかろうが弦理論以外を探求しないと次の展開は無いと言う。また科学の革命と革新は異なり、20世紀初頭の物理学の革命の後、素粒子理論は革新で大いに進んだが、今また革命が必要な時に、革新時代の体制で弦理論をやってきたのが根本的な問題だと、弦理論グループの社会学的構造を鋭く批判している。近年教職への競争が激しく、論文引用数で計られる実績を稼ぐには主流に留まるのが有利だから、弦理論以外では教職にも就き難いという。しかし老教授の影響力が強く若手が批判も出来ない排他的な学界では革命は不可能と警告している。じゃお前はなぜ弦理論を越えられないのかとの批判は甘んじて受け、電話を切り、大好きなペンを取り出し、思考を開始すると宣言して本書は終わった。以上