Amazon上流にたった400人ほどが分散して原始生活を送るPiraha族に、30年前から入りこんで研究した学者の本で、色々考えさせられた。
"Don't Sleep, There are Snakes", Daniel L. Everett,
Pantheon Books, 2008
「お休み」の代わりに表題のように言い、寝ない人ほど強いと信じている原住民だ。米人の著者は現在Illinois State Universityの文学部長で、Piraha語の研究で業績を上げた言語学者だ。若かった1977年に現地入りしすぐ妻と3人の子供を呼んだ。SIL=Summer Institute of Linguistics(夏季訓練から創業、今は通年活動)から派遣されたキリスト教伝道師としてPiraha族の或る部落で共同生活をした。SILは伝道師に一切説教も洗礼もさせない。言語学を学ばせた伝道師を世界の奥地に送り込んで現地語を学ばせ、現地語の新約聖書を作ることが一番の布教と考える。Pirahaには3世紀前から布教したが成果が皆無なので、SILが著者を送り込んだ。
著者は大変苦労の末Piraha語を習得してマタイ伝を翻訳し、テープに吹き込んで現地人に聞かせたが、全く受け付けない。部落を変えてみたが変わらなかった。「あんたは俺達に米人のように生活しろというが、俺達は嫌だ。酒を飲みたいし何人もの女と交わりたい。あんたは好きだから居て欲しいが、Jesusの話だけはしてくれるな」と言われてしまう。神学校をトップで卒業した著者も、Piraha族と生活するうちに彼らの方が正しいと思えて来て、キリスト教に疑念を抱く。20年後にそれを告白してキリスト教から離れたために、敬虔なキリスト者の家族と離縁する羽目に陥る。
言語学は、Chomskyという大先生が全ての言語を網羅する統一理論を打ち立てていたが、Piraha語はその理論に当てはまらない反例になった。著者は時々米国に帰国して学会発表をしMITで言語学のPhDを取った。
Piraha語は母音が3種(i, o, a)、子音が僅か8種(p, t, k, h, b, g,s, Glottal Stop)しかない。子音が少ない日本語でも十数種ある。女性は s を h で代用するので7種しか使わない。Glottal Stopとは喉の奥で息を一旦止めることだ。Glottal Stop、k、pの3種は状況に応じて勝手に入れ替えても良い。つまり音素が極めて貧しい。代わりに母音の長さが5種類もあり、著者は4分音符、付点4分、2分、付点2分、全音符で表現した。それに日本語と同様な高低アクセントが付く。Piraha語はhum(ハミング)、yell(アーアー)、musical(歌う)、whistle(口笛)でも通じる。日本人は驚かないが、単数複数の区別がなく、関係代名詞が無いことに著者は驚く。I think she is pretty.のような複合文も無い。しかし動詞には16種類の接尾語がついて、伝聞、観測、演繹などを区別する。
一般化概念・抽象概念が無く、だから数詞が無く、赤とか黒とかの色の単語が無い。Brazil人と2世紀交易しているのに、数と言う概念が無い。著者は8カ月教えたが学ぶ気が無く1人も10まで数えられるようにならなかったという。左右の概念も無く「その道は上流側に曲がれ」という。
Pirahaは(1)自分が見たことと、(2)直接見た人から聞いたことしか信じないし、話題に持ち出さない。故人になった人の経験談を今話すのはよほどのインテリだという。病や死は日常茶飯事で悩み悲しむことではない。母親の病死で瀕死に陥った赤子を著者の家族が看病して大分元気になった時に、父親がその子を殺してしまった。この子は丈夫に育つ見込みがないのに、命を長らえさせると苦しみを与えるからだと。
歌垣がありカプルは森に消える。結婚式は無く同棲すれば結婚だ。結婚後に他の異性と2-3日旅に出ることがあり、戻って元の鞘に納まるか、気に入れば離婚して新しい家庭を作る。悪事ではないので復讐は無い。
Piraha語にはWorryという単語が無い。天国も地獄も信じない。Jesusに誰も会ったことはないから信じない。過去や将来に思い悩むことなく、自然体で1日ずつを精一杯生きて何時も笑いが絶えない世界一幸せな民族だという。恐れ、心配、絶望が無い幸せな人達に「神を信じれば恐れが消えて幸せになれる」と言っても空しいと、著者は布教に絶望を感じ、反って聖書を信じる方が間違っているに違いないと考えたそうだ。 以上