楽天の三木谷社長が、会社の英語化の中間報告を最近出版した。
たかが英語! 三木谷浩史 講談社 2012/7/1
表題が不思議だった。なぜ「英語化奮闘記」「英語で世界企業へ」ではないのか? 三木谷氏は「日本に背を向けるのか」「英語で全員の能率を落としてどうなる」などと相当心無い批判に晒されたらしい。それへの反論として「たかが英語じゃないか。パソコンがこれからは必須だから全員パソコンを学べ、というのと同じだ」と言いたいのだ。
三木谷氏の英語をTVで聞いたことがある。Nativeに近い立派な米語だったので、特殊な経歴を持つ人かと思ったが、日本興業銀行に入社し英語を猛勉して、銀行の派遣制度でHarvard Business Schoolで学んだということしか判らなかった。特殊な才能の持ち主なのだろうと思っていた。本書でそれが違うことが分かった。小学校2年から4年まで米東海岸で過ごしている。帰国後3ヶ月で英語はサッパリ忘れたというが、その年齢で英語をしゃべっていた人は大人になって英語を改めて勉強し始めた時に耳と口が戻って来るものなのだ。「自分が英語をしゃべれるからといって他人に強制するな」という批判を背景に、今中国語を猛勉中だと書いてあった。
三木谷氏は、日本経済が世界の取るに足らぬ存在に凋落していくというGoldman Sachsの報告書を読んで、いくら楽天が日本でトップ企業になっても先は暗いと悟ったそうだ。2035年に日本のGDPが世界の5%に落ちるなら、世界には20倍の市場があるのだから、そこで商売をすべきだと考えたという。世界に出て行く努力もしたが言語の壁で能率が上がらない。日本以外はほとんど英語で動いているのだから、会社の英語力を向上させないと世界企業にはなれないと考えた。
もし楽天社員の大多数が英語で仕事が出来ていたら、何も社内公用語を英語にする必要は無かったという。実際には英語が使える社員は1割だったそうだ。全員を海外に送り出せばよいのだが、それは不可能だ。そうだ、会社全体を英語にしてしまえばそれに近い効果が得られるのではないか、という発想だったらしい。1千時間英語漬けになれば英語が話せるようになるという仮説を立て、それを2年と想定した。2010年2月に執行役員会議を英語にし、4月に「2年後に社内公用語を英語にする」と宣言した。3ヶ月延期して今年7月から全て英語になった。理由があって日本語で会議をする場合には予め社長承認を得る必要があるとした。2年間英語漬けにして全社員7千人が英語が使えるようになるかという壮大な実験だった。
三木谷氏にとっては「たかが英語」でも社員は大変だった。近所の英会話学校は満員になったとか。三木谷氏自身の体験から、最初は全て自費で自分の時間に勉強させ会社はそれを支援するとしたが、後にはそうも行かず費用を支援し出来の悪い人には就業時間に英語を学ばせた。国際的な実用英語テストTOEIC=Test Of English for International Communication (聞・読で990点満点。730点が実用レベル)を全員に課し、執行役員は800点、上級管理者は750点、....平社員は600点以上をノルマとした。未達では昇格させないと宣言し実行した。それに200点以上足りない人は赤、100点以上足りない人は黄、100点未満足りない人は橙、ノルマ達成者は緑とし、その数と分布を事業部で競わせた。「英語が出来ぬ人は駄目な人」とならぬよう腐心し、「必ず出来るようになるから」と勇気づけた。
2年経ってみて、英語に無縁・無関心だった社員が驚くほど上達し、海外展開に非常に役立った反面、少数の社員は依然赤に留まる。多くの社員は資料作成やプレゼンなど予習が効く英語には自信を示す一方で、電話・会議・交渉に自信がある社員は10-20%に留まる。そうだろうな、と納得だ。長足の進歩だが、2012年5月で全社員のTOEIC平均は687点、赤と黄が9.2%残る。8割は緑を達成したが、全員の英語化には遠いということだ。だから三木谷氏は、手ごたえを感じつつも今後も英語化の努力を続けると言っている。新入社員には内定時に650点、入社までに750点を要求しているが、2012年の新入社員のTOEIC平均点は800点を越えるそうだ。
結果を出している三木谷氏の行動力に改めて感心した。 以上