米国滞在中に"Professional Retirees"「本職の引退者」を自称する夫妻に会った。1年余り引退生活を送って必ずしもハッピーでなかった私のアマチュア度に比して大いに感じる所があった。
長身でハンサムなご主人は79歳、学校の校長を早めに引退したためもう23年間も引退生活を送っている。奥さんは77歳、昔はLiz Taylorのような美人だったと思われる。Columbia大学で日本語・日本文化を学び日米の貧富の差が桁違いだった1957年に日本滞在を楽しんだ思い出が今も語り草だ。若い頃はNew Yorkでテレビ報道番組に出演していたというが、その後は教員だった。既に引退生活に入っていた19年前に互いに再婚した。従って夫妻に子供は居ない。奥さんの両親がゴルフ用具の製造販売で財を成しその遺産を受け継いだと聞く。干支の話をしていて、奥さんがトラでご主人がネズミと分かった時は笑ってしまった。そういう感じの夫妻だったから。プライドを傷つけられたかに見えたご主人に「いや私もネズミで」と、奥さんに弱い境遇を互いに慰め合った。
夫妻は引退場所を探し、Floridaは夏暑いしHawaiiは遠すぎるしと悩むうちに、南Californiaの海岸はHawaii同様夏暑くなく冬暖かいと聞いて、San Diego郊外の避寒地La Jollaに決めたそうだ。理想的な所だから日本の不動産を全部売り払ってこの地に住むといいと勧められた。米人と異なり日本人は不動産に執着があって売る気にならないと答えたが、エッ何故そうなんだろうと我ながら疑問に思った。FloridaからHawaiiまでを候補に考える自由な発想に比べて我々は何と保守的であることか。夫妻はLa Jollaの中で3度住み替え、昨年ホテル並の24時間フロント係が居るとある新築マンション(日本語のマンション)に入って内装を全部やり直した。夕日が太平洋の水平線に沈むのが見える全面ガラス戸には、高さ9フィートの障子を特注して入れ、随所に名のある日本作家の版画などを飾った。マンションは200平方米以上ありそうだ。居間の「片隅」にグランドピアノがあり、ピアノのCDを掛けるとその通りを演奏する自動演奏装置が付いている。Walk-in Closetという言葉をご存知だろうか? 衣装室だ。12畳ほどの部屋の壁にぎっしり百点以上の衣装が掛かり、靴が並んでいた。ここでもトラが大部分を占めている。多分ここには宝石収納箱か金庫もあって、見かけた3カラットもありそうなダイヤの指輪や、3cmもあるアクアマリンの指輪は、ここから出てくるに違いない。
この奥さんは味にうるさい奥さんだが、自分では絶対料理をしない。朝食は多分トーストかコーンフレークなのだろう。毎日夫婦は別行動をすることが多いのだそうで、昼食はそれぞれ外食だ。夕食は二人揃ってレストランに行く。レストランでは顔なじみの上得意で、少々の無理は聞いて貰える。毎晩デートしているようなものなのよ、という言い分である。夫婦はそれぞれ趣味が違うことを互いに尊重して束縛せず、それぞれが日本で言うカルチャ・クラブやカントリー・クラブに通い、ホテルやショッピングセンタを回り、気の合った友達と会い、展覧会やコンサートに出かける。一週間の平日の予定はほぼ決まっていて、土日だけは「休日」で二人一緒に行動するのだそうだ。平日は相手に合わせる努力をせず毎日単独行を楽しみ、毎晩夕食でデートして1日の出来事を報告して共有することが引退後の夫婦円満の秘訣だと承った。なるほど、出歩かなくっちゃいけないんだ。この点が私の1年余りの引退生活の反省点だ。
確かにProfessional Retireesを認めざるを得ない。老いの悲哀はあるに違いないがそれを聊かも見せず、歳相応より遥かに若く、おしゃれに努力し、好きなことをして気ままに日々を送り、幸せそうに見える。余生を共に過ごすことを決めた再婚は多分成功だったのだろう。それに比して糟糠39年のワイフと共にあって僅か1年余りの引退生活に耐えられずまた働き始めた私の不甲斐なさはどうだ。修養が足らん!!
老いゆく私としては学ぶべきところの多い夫妻だが、ただ1点だけ私共に真似できない点がある。そのことに気付いて愕然とした。一体幾ら金があればこういう生活が20年も30年も出来るんだ!! 以上