通称Space Shuttle、正式名Space Transportation Systemは、1981年初飛行以来約30年で今年で引退する。だから山崎直子氏がShuttleに乗った最後の日本人になった。来年からはロシアのSoyuzに頼らなければ人を宇宙に送れない事態を、誇り高い米人がなぜ容認したのか、これがかねてからの私の疑問だった。NASAで開発に関わった人にも質問してみたが「政治的な駆け引きに使われた」という答は、私を半分しか満足させなかった。疑問に思ってWebで色々調べてみると、Shuttleはとんでもない失敗作の金食い虫だったことが理解できた。失敗作と認めると大変なことになるので、NASAは懸命に糊塗していたらしい。しかし年間US$1Bの金食い虫は国家予算を食うだけでなく、他の宇宙開発を圧迫するとあって、Obama大統領は苦渋の選択をしたに違いないと私は思うようになった。
Shuttleのアイディアは秀逸だった。使い捨てではなく何度も使える宇宙輸送手段だから、安いに違いないと計画時には誰もが思ったし、そういう計画だった。開発予算と期間は(インフレを算入すれば)ほぼ計画通りに推移したが、運用費用が極めて高くつき、使い捨てロケットよりも遥かに高くなってしまった。計画は地球帰還後2週間の整備で再度宇宙に出掛けられるはずが、何カ月も掛ってコストがかさみ使用頻度が落ちた。5機製造したうち2機が事故で乗員と共に失われたという事態が、その間無事故のロシアの使い捨てのSoyuzと対比された。最初から洞察するのは無理としても、基本設計段階で洞察すれば、何度も使えるShuttleという考えを勇気を以て捨て、使い捨てに戻るべきだったということになろう。
Shuttle発射の映像で、一番大きくみえる茶色の砲弾型のものが外部燃料タンクで、液体の水素と酸素が入っている。これを燃料として三角翼の軌道船(Orbiter)のエンジンが上昇推力を生む。軌道船の両側に白い細身の固形燃料ロケットが2本付いている。固形燃料だから細かい制御は出来ないが、最初の2分間の推力の8割以上を負う。タンクは切り離して大気圏との摩擦で燃やしてしまうが、ロケットはパラシュートを付けて下ろし、再利用する。軌道船は使命完了後に飛行機のように着陸する。
1986年1月に軌道船Challengerが失われた。ロケット下部の接続部を密閉するゴム状のリングが前夜の寒波で硬化して弾力を失い、固形燃料が燃える直前のガスが外に噴出して着火し、外部燃料タンクを焼き切り、水素が燃えて空中分解した。リングのメーカの担当者は前夜の寒波ゆえに危険と電話会議で出発に大反対したが、気温が回復したためメーカの上司がOKを出した。気温が上がっても機体の温度はまだ上がっていなかったと事故調査委員会は結論付けた。2003年にはColumbiaが大気圏突入時に空中分解した。打ち上げ時にタンクを覆う発泡材の一部が剥げ落ちて軌道船の翼前縁の炭素製耐熱材を傷付け、大気圏突入時にその部分が熔けたのだった。信頼性に疑問を持った米軍はShuttle使用を止めて使い捨てロケットに戻ったため、Shuttleは大きな使途を失い益々高くつくようになった。
Soyuzなど使い捨てロケットで打ち上げるカプセルは帰路に短時間に大気圏を通過するが、Shuttleでは大きなものを滑空させるため、長時間の発熱に耐える耐熱材で大きな面積を覆う必要が生じた。1回使用すると何百枚も耐熱タイルを補充交換しなければならず、異常な長時間作業とコスト高になった。カプセルならロケットの先頭に装着するから打ち上げ時にゴミで打たれる心配は無いが、Shuttleでは想定外のリスクとなった。
軌道船のエンジンは何度も再利用するため、使い捨てで実績のあるロケットエンジンを使用できず、白紙からの新規開発となった。複雑で再利用前には取り外して大規模なオーバホールが必要になった。その再生コストは使い捨てエンジンを新たに取り付けるより高価とも言われる。
素晴らしいアイディアや基本技術が、実用化段階で想定外の困難に遭遇するのは常である。その困難を乗り越えて秀逸な製品を作り出せる場合も、克服できずに失敗する場合もある。Shuttleの場合は、失敗が許されなかったのか、共同無責任の判断だったのか、膨大なコストが掛る無理な製品を作り上げてしまったという最悪の判断だったようだ。 以上