米誌National Geographic 8月号の「睡眠」特集は面白かった。東京の深夜営業の食事店で若者が寝ている写真があり、"Public dozing, as at this all-night diner in Tokyo, is socially accepted."と注釈する。米国では許容されないのか。記事は次のように記載していた。
脳波計の発明は1924年だが、CTやMRIで脳の中が観察可能になったのはここ20-30年だ。2017年のNobel医学賞は睡眠の体内時計の発見者に贈られた。体内時計が狂うと、糖尿病、心臓病、痴呆症のリスクが高まると。
覚醒時の脳の神経細胞は活発に動くが、松果腺がホルモンMelatoninを分泌すると、脳波が平坦化し、知覚が抑制され、眠りに就く。睡眠は1サイクル約90分を1晩に数回繰り返すが、一番浅い眠りが5分ほどのStage 1だ。次に50分間ほどのStage 2に入る。脳の内部から大脳皮質に届く電気スパーク=Spindle=紡錘波が、数秒毎に半秒間生じる。脳は休んでおらず、違う働きに切り替わる。即ち最近取得した知識を取捨選択して重要部分を長期記憶に加える。覚醒時の脳は情報を収集し、睡眠時(Stage 2が主)の脳は情報を編集する。怖い経験や未解決問題に出会ってすぐ寝るのは良くなくて、暫時起きていれば残留ストレスが少なくて済むという。私は学生だった頃、試験勉強で或る程度暗記して寝ると翌朝にはスッキリ整理された記憶になっていて助かった覚えがある。
やがてSpindleの間隔が開き弱まって、脈拍が低下し、体内温度が下がり、外界の知覚が更に縮退し、深い睡眠のStages 3 &4に入る。これは主として神経を休める段階で、脳波では大きな三角波が穏やかに流れる。Stage 3では三角波が時間的に半分以下、Stage 4では睡眠が更に深まり半分以上で30分続く。Stage 3と4を単一Stageとする学説もある。この段階で成長ホルモンの分泌が活性化し、成長と成長後の修復・更新が進む。
睡眠は、免疫、体温、血圧の維持に必須だそうだ。寝不足があると気分が調節不可となり、傷の治癒が遅れ、痴呆症のリスクが高まる。空腹ホルモンが過剰に分泌され肥満の原因になる。睡眠中は神経細胞が60%縮んで脳に隙間ができ、そこからβアミロイドなどの代謝廃棄物質が洗い流される。βアミロイドはAlzheimer病の源だ。Stage 4では夢を見ることが少なく、痛みを感じ難いという。Stage 4から3-->2-->1を経て一旦覚醒する。気付かぬうちに人は1夜に数回目覚め、しかし数秒後に後述の5-20分のREM睡眠と一瞬の覚醒を経て再び次のサイクルで眠りに就く。夢から目覚めた時には数分間「睡眠麻痺」といって体が動かない時間があるという。
米国では夏時間が始まる月曜日には、睡眠不足から心臓麻痺が24%増加し、自動車事故も増えるという。米国では大人の4%は不眠症などで睡眠薬を服用するそうだ。睡眠不足で真っ先に影響を受けるのが前頭葉前部で、決定力・問題解決力が衰える。またイライラし、不機嫌で、非合理的になる。そのために被疑者を睡眠不足にして取り調べる当局の悪弊もある。
動物は全て、クラゲからプランクトンやイースト菌に至るまで、寝ているそうだ。その証拠に動作が鈍くなる。イースト菌が知識データベースを充実させているとは思えないから、元々神経を休めるStage 4が本来の睡眠で、それを人間は情報整理に流用しているのだろうという。
睡眠のStagesが整理されてから15年以上経って、睡眠中に眼球が動くREM=Rapid Eye Movementが発見された。REM睡眠の脳は、原始的な働きを司る辺縁系が仕切るので、人は動物になる。男女性器官の充血と夢を伴う。蛋白質合成が盛んで、気分を整え、ここでも記憶を固定する。Stages 1-4は non-REM=NREM睡眠と呼ぶ。覚醒後に夢を思い出せなかったとしても、夢はREM中にほぼ必ず見ているという。NREM、特にStage 2でも補足的に夢は見るそうだが。REM中は体内温度は低く、しかし脈拍はNREM中よりも早まる。呼吸は不規則になる。覚醒時の物理的社会的制約を離れて、脳は好き勝手な動きができるPlay Timeを楽しむのだという。
記事の最後が面白い。人は古来「なぜ眠るのか?」を考えて来たが、REMのように好き勝手に楽しめるのなら「なぜ起きるのか?」と問うべきだという。その答えは、起きて働かないと眠れないからだと。 以上