Hedge Fundの成功者George Soros氏は拝金主義の権化ではなくHungaryのユダヤ人で、迫害を逃れLondon大で苦学した経済の賢人と知った。
The Crash of 2008 and What it Means, George Soros,
PublicAffairs, 2009/3, pp258
今回の経済危機を深く考察した名著だが、本格的経済書で結構難しい。興味と元気があって購入される方は、2008年9月のLehman Brothers破産以降に加筆した上に69頁のPart 3を加えたPaperback版を購入しないと損だ。因みに筆者は、結果の重大さを予測せずにこの破産を許容した市場原理主義者のPaulson財務長官とBush政権の無能をあげつらっている。
経済は平衡を指向するという平衡理論に基づく現在の経済学に、著者は叛旗を翻す。自然に平衡するのだから要らぬ手出しは無用で、経済は市場に任せようという市場原理主義はここから来る。例えば需要供給曲線上の平衡の理論だ。単純化・抽象化・一般化という科学的手法が経済に適用されているが、自然科学と違って経済は(1)考える人間が対象であり、(2)人間は不完全な知識で行動するから、自然科学流には行かないとする。関係者が完全な知識を持てば需要と供給の曲線は一義的に定義され、その上で需要と供給は平衡点を持つが、実際には関係者は不完全な知識しか持たず疑心暗鬼で行動しているから、需要が供給を刺激し、また逆に供給が需要を呼び起こして変動する。需要が強ければ供給曲線そのものが変わる。
平衡理論に基づく市場原理主義は、一見科学的だが現実に合わない点でマルクス主義と同じだという。市場原理主義者は、規制は間違え易いから市場に任せろと言い、マルクス主義者は、市場は間違え易いから政府に任せろと言う。どちらも正しくないと筆者は言う。世の平衡理論の経済学者と俺とどちらが正しいかは、俺のHedge Fundの成績を見ろと豪語する。
自然現象と違って経済は人間の業であり、反対に人間は経済によって行動を変える。このようにA→B→Aの関係を筆者はTheory of Reflexivity 再帰的相互作用の理論と呼ぶ。Reflexivityは経済の様々な場面で存在する。例えば今日の株価は将来の価格の期待値で決まるが、今日の売買は将来の価格に影響する。また不動産市場はローン条件に影響されるが、ローン条件も不動産市場に影響される。経済活動と活動規制の関係も同様だ。Reflexivityがあっても、平衡状態に落ち着くことが多いが、時としてReflexivityは暴走するという。それはA→B→Aだけでも起こり得るが、多くの場合は同時にA→C→Aが起こりAが自己増殖的に、正帰還的に暴走する場合だという。それがBubbleでありBurstであると筆者はいう。
Reflexivityの故に経済は予測不可能だが、不可能と言うと経済学の権威に関わるから、ツギハギで平衡理論を信奉しているのが経済学の現状だと筆者はいう。そこには自説が学界で認められない口惜しさもにじむ。経済は科学ではなく、歴史学で捉えるべきだと主張する。またバブルは平衡理論では説明できないがReflexivity理論なら説明できるという。
今回の経済危機は、住宅バブルの崩壊を契機として、住宅バブルをその一部とする25年間にわたる長期スーパバブルが弾けたのだと筆者はいう。米国の住宅バブルは今では後知恵として良く理解されている。極端としてNinja Loanという言葉まであることを知った。Wikipediaにもある。NINJA=No Income, No Job nor Assetの略で、無条件で貸し出す住宅ローンだそうだ。借り手がしばしば忍者のようにドロンするという注釈まである。
では長期スーパバブルとは何か? 1930年代の大恐慌を反省して金融規制が各国で行われたが、それがうまく行って喉元を過ぎて熱さを忘れた頃、1980年代Reagan政権下で市場原理主義のもと規制撤廃が進み、財政当局が経済を制御出来なくなった。その上に(1)信用が拡大し、(2)金融市場の国際化が進んで富が米国に預託され、(3)規制撤廃と金融商品のイノベーションが続いたこと、これがスーパバブルであったとする。
本書には他の経済書・解説書には見られない一段深いレベルで、今回の経済危機の原因、対策提言、見通し、各国経済の展望(日本は無い)などが語られている。賢人の謦咳に親しく接する想いが感じられる本だ。以上