3月末に、Super KEKB[kekbi:]が稼働したという報道があった。筑波にある高エネ研=ローマ字でKEK=高エネルギー加速器研究機構の敷地に完成した最新の粒子加速器だ。加速器ではスイスとフランスの国境をまたぐ一周27kmのCERN研のLHCが有名だが、こちらは日本らしく一周3kmの、角が円弧になっている四角い地下11mのトンネルだ。TRISTAN-->KEKB-->Super KEKBと進化してきた。Bの意味は、@(反)B中間子=(Anti)B Mesonを大量に生成するB-Factoryであることと、ABelle測定器が使われることだ。
中間子は2個のQuarkの対である。B中間子は、反Bottom Quarkと特定のQuark の組み合わせであり、反B中間子はBottom Quarkと反Quarkから成る。またBelle測定器は、B中間子と反B中間子では、従来の理論では崩壊過程が同じであるはずが異なることを実証した測定装置の名である。世界15ヶ国、53研究機関を巻き込んで行った実験・検証がBelle実験である。
TRISTANは5年間に870億円掛けて1986年に完成した。電子=Electronと陽電子=Positronを加速環内で逆向きに回転させ、同一磁界でそれぞれを加速し衝突させる。電子と陽電子の運動エネルギーと質量エネルギーで生まれる高エネルギー状態から生じた素粒子群を観測する実験装置だった。元来はQuarkの中で一番重い仲間(Generation=世代と呼ぶ)のTop Quarkを実験的に発見しようという目的で建設されたが、エネルギー不足で果たせなかった。しかしQuark, Neutrino, Electronなどの世代がそれぞれ3つずつあることを確定することに貢献し、またZ0という素粒子の質量決定に役立った。欧米の大予算に対して、知恵で対抗して成果を上げた。
TRISTANの地下トンネルと実験設備を出来るだけ再利用し、380億円かけて1998年度に完成したのがKEKBだ。今度は電子と陽電子を別々に、異なるエネルギーに加速する2組の加速環が建設された。それを衝突させて生成するB中間子とその反粒子である反B中間子の対を、毎秒10対以上観測することが出来た。通常の勤務体制で年間1億対になる。この多さは世界記録で、B-Factoryと賞賛された。後述の「CP対称性の破れ=CP Violation」を観測するのが目的だった。CP対称性の破れが2001年にKEKBで観測され、名大の小林・益川理論が検証され、両氏の2008年Nobel物理学賞となった。
KEKBの衝突数の世界記録を実現した技術の1つが、2006年に組み込まれた「クラブ空洞=Crab Cavity」だ。電子も陽電子も、織機で横糸を通す「杼(ひ)=Shuttle」の形をした髪の毛より細い「塊=Bunch」になって飛んで来る。Belle測定器の都合で、電子と陽電子のBunchは1.3度の角度でX字型に衝突する。Bunchの通過時に前縁と後縁に素早く反対の磁界を掛けて、Bunchを水平にすれば、水平のBunch同士が1.3度で交わり、正面衝突に近付く。交わる体積が増えれば衝突が増える。水平なBunchが1.3度の角度で蟹の横這いをするから「クラブ空洞」だ。実現は世界初だという。
Nobel賞を受賞すると予算が付く。KEKBを5年と314億円かけて改造し、B中間子対の発生を40倍に高めた「Super KEKB」が最近2018年3月21日に稼働したと報道された。従来からの電子・陽電子の衝突だけでなく、電子・陽子の衝突も可能になるように、陽子の線形加速器が新設され、加速環の磁界も強化された。Super KEKBの目的は、標準理論の見直しだ。
Big Bang直後には粒子と反粒子(例えば電子と陽電子)が同数生まれた。その後粒子と反粒子は互いに合体相殺して、エネルギーに替わったが、不思議にも反粒子は全て消滅したが粒子の一部が残り、物体を構成して現在の宇宙になった。その原因が「CP対称性の破れ=CP Violation」だと言われている。或る物理方程式に則って電子が存在したとする。今電子をその反粒子である陽電子と置換し、座標軸を反転して鏡像にすれば、同一の物理方程式が成り立つことを「CP対称性」という。しかしこのCP対称性が破れることがあり、それが粒子が反粒子に打ち勝って残った原因だとされている。そこに小林・益川理論が登場する。しかしそれだけではまだ不充分で、素粒子の振る舞いを定める「標準理論」の改訂が必要になるそうだ。どう改訂するかを決める目的で、Super KEKBは膨大な実験をして再び国際共同実験でデータを積み上げるのだという。期待したい。 以上