或る知人が、昨年の大晦日のNew York Timesに掲載された記事を送って下さった。年取っても元気な老人をSuper-agerと呼び、How to become a 'superager'という表題の研究者の寄稿だった。筆者はNortheastern大心理学教授のLisa Barrettさんだ。英語が達者な方は以下を無視して
https://www.nytimes.com/2016/12/31/opinion/sunday/how-to-become-a-superager.html?_r=0
を参照されたい。英語でもいいが面倒という方は以下の愚訳をどうぞ。いつもの「うつせみ」の4割増になってしまったが。
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身の回りの65歳以上の人達を考えてみよう。忘れっぽくなったり注意範囲が狭まったり、老年の普通の精神的問題点を抱える人が居るだろう。しかし何とか精神的に活発なままの人も居る。引退した医師の義父は83歳だが、今でも書籍を編集し、幾つかの医学的なWebsiteを運営している。
なぜ或る老人達は精神的に敏捷で、他の人達は衰退しているのか? 精神科医Marsel Mesulam氏の造語で「Superagers」という言葉がある。記憶や注意が単に同年代の平均を上回るだけでなく実は、健康的で活動的な25歳の人達と対等な人達だ。Massachusetts一般病院の私と同僚は最近、何が彼らをSuperagersにしているのかを理解するための研究をした。
我々の研究室では、MRI(松下註:磁界を掛けて脳内体内を透視する装置)を使って17人のSuperagersと、年代の近いそうでない人達の脳を走査し比較した。すると2つのグループで明らかに異なる脳の部位群を確認することに成功した。普通の老人では、歳による衰退の結果としてこれらの部位は薄いが、Superagersでは青年と区別できなかった。見たところ時間経過による荒廃と無縁であった。
この重要な脳の部位とは何か? 大抵の科学者に推量させれば、側部前頭葉前部の表層組織のような「知的」な部分、つまり思考に使われる部位を指定するだろう。だがそれは我々の発見とは異なる。ほとんど全ての活動は「情緒」領域にあり、Midcingulate表層組織や前方組織にあった。
研究室はこの発見で驚かなかった。脳には「知的」と「情緒的」の領域の区別があるという概念を近代の神経科学は批判して来たからだ。
この区別は1940年代に、Paul MacLeanという医師が人間の脳を3層にしたモデルを作り出した時に生まれた。爬虫類の時から継承した古代の内層は基本的な生存のための回路を内包することになっていた。中間層の「辺縁システム」は、哺乳類から継承した情緒回路を含んでいることになっていた。一番外側の層は人類特有の合理的思考を収容すると言われていた。MacLean博士はこのモデルを「三位一体の脳」と呼んだ。
三位一体の脳はメディア、ビジネスの世界、ある種の科学学界で今も人気を得ている。しかし脳の進化の専門家は何十年も前にこれを否定している。人類の脳は、時間経過と共に緩やかに生まれた知的な複雑さの増加順の積層が堆積岩のように発達した訳ではない。むしろ、神経科学者George Striedterの言うように、脳は企業会社のように進化する。発展に応じて再編成する。MacLean博士が情緒的と考えた「辺縁システム」のような脳の領域は今では、脳全体の情報疎通の主要なハブとして知られている。言語、緊張、内臓の調整など、また五感を一体的な経験にまとめることすら含めて、情緒以外の多くの機能にこの部位は重要である。
この主要ハブ領域がSuperagingで意味深い役割を演じることを、我々の研究は明示している。この領域の表層組織が厚ければ厚いほど、名詞のリストを記憶し20分後に思い出すような記憶と注意のテスト成績が良い。
勿論大きな疑問は、どうしたらSuperagerになれるかだ。もし何かあるとしたら、どんな活動が、老年でも精神的に鋭敏で居られる確率を増すのか? 我々は今もってこの問題を研究しているのだが、現時点での最善の解答は、何かに懸命に働けということだ。身体的努力であれ精神的努力であれ、困難な仕事を成し遂げるとき、これらの重要な脳の領域の活動が盛んになると、多くの研究室が観測している。だから激しい運動や活発な精神的努力の仕事をすることで、これらの領域を厚く健康に保つ手助けができる。私の義父は、例えば、毎日泳ぎ、(松下註:トランプの)トーナメントブリッジをしている。
Superagingへの道はしかしながら困難だ。これらの脳の領域はもう一つの興味深い特性を持っているからだ。これらの活動が増すと、嫌な気持になり、行き止まりを感じ、いらいらする傾向がある。数学の問題に取り組んだり、身体的な限界まで自分を追い込んだ、一番最近のことを考えてみると良い。激しい作業をするとその時は気持悪くなる。米海兵隊はこの原理を体したモットーを持っている。「弱さが体を去って行くのが痛みだ」と。即ち、激しい活動の不快さは、筋肉と修養を作っていることなのだ。Superagerは海兵隊のようだ。努力の強烈さから来る一時的な不快を乗り越えて突き進むことに長けている。その結果は、鋭い記憶と注意を集中する能力を維持できる若い脳に帰結する。
このことは、数独のような楽しいパズルは、Superagingのご褒美に与かるには不充分だということだ。人気が高い様々な「頭脳ゲーム」のウェブサイトも駄目だ。或る程度「不快」を感じるほどの努力を展開しなければならない。苦しくなるまでやって、次にはもう少し余分にやろう。
だから、挑戦的な活動をするぞと、(松下註:大晦日の記事なので)新年の決心をしよう。外国語を学ぼう。オンラインの大学のコースを取ろう。楽器をマスターしよう。脳を働かせて、記憶する年にしよう。
米国では我々は幸福になることに懸命だ。しかし歳を取るにつれて、不快な状態を避けることで幸福を作り出そうとする、という研究がある。これは無礼な隣人を避けるような場合にはうまい考えだ。しかし精神的な努力や身体的な活動の不快を一貫して避けていると、脳に有害であり得る。脳の組織は全て、使わないと薄くなる。使わないと失うことになる。以上