Annual Review of XXXという各分野の科学/社会科学の近年の優れた論文を選んで出版しているPalo Alto, CAのNPOがある。Annual Review of Psychologyの2020/1 Online版に"Judging Truth"という面白い論文があった。偽情報が横溢する世の中でふと「俺が偽情報だと決めつけている根拠は何か?」と自問して答えられないことがあったので、この表題に興味があった。HarvardとDukeの2人の心理学者が書いている。
面白い設問から始まる。A群:「ラクダのコブには水がある(実は脂肪)」「Einsteinは学校で数学で落第した(優秀だった)」「休日には自殺率がピークになる(春に増加)」という話は信じたくなる。一方B群:「タコには心臓が3つある」「Anne FrankとMartin Luther Kingとは同年の生まれ(有名なのはMLK Jr.で同年。Jr.と付けなければ父親)」「UnihornはScotlandの国獣」は嘘だと思う(白状すればMLKは私は引っ掛かった)。なぜB群は嘘と見抜けるのに、A群は信じてしまうのか?
真実と判断するのは、主として3つの情報源からの推察だという。@日々起こっていることは今回も起こり得るという過去の経験。Aこういうことが起こって欲しいという感情つまり主観的な期待。おかしいと感じたり理解に苦しむものは却下し、気持よく受入れ易いものは真実だと信じる。B既存の知識・記憶との整合度合。A群はこの3点で恵まれている。
@の場合に、捏造の画像・映像を見せられると、過去に起こったように勘違いして真実と判断し易いそうだ。この現象に本人は気付かず、数日間有効だという。Aの場合に、「嘘百遍」で何度も聞かされると真実に思えて来るという。雄弁に、或いは笑顔で聞かされると、回数が少なくても効果があると。Bは、事実が変った時や新事実に対しては不利に働くと。
一旦或る偽情報に深く嵌ってしまうと、それはBの知識・記憶に入ってしまうから、偽情報から抜け出すことは非常に困難だという。
SNSで、偽情報は真実の情報よりも1.7倍拡散されやすいそうだ。偽情報の方がニュース価値が大きい場合が多いからだ。だから偽情報がSNSで増えていて、2022年にはSNS上で偽情報の方が多くなると予測されている。Twitterに限れば既にそうなっているともいう。
真実だという判断が斯くも根拠の弱いものであるとは!! 精度を上げるには、Bで充分な調査研究をして論理的に考察し、@の経験を積むことによって、Aの感情的影響を相対的に抑えるしか無いように思われる。
話変わって陰謀論の論文を読んだ。陰謀論=Conspiracy Theoryは、「陰謀を暴き、仕組みを研究する」理論ではなく、「事実に反して陰謀があるかの如く主張する偽理論」だ。"The enduring allure of conspiracies"(無くならない陰謀の魅力)は、同じくAnnual Reviewが発行する一般向け出版誌Knowableの2021/1/14版にあった。 米国独立の契機となった茶会事件(Tea Party事件)は有名だが、茶税だけでなくこれは圧政計画の端緒だという陰謀論が人々を立ち上がらせたという。米建国が陰謀論から始まっているとは面白い。New York Timesに1890年から2010年までに寄せられた投稿書簡十万通を調べると、うち875通が陰謀論に侵されていたが、毎年上下しつつも近年までは漸減傾向にあったという。つまり2016年の大統領選挙戦までは、ということだろう。
Trump大統領の陰謀論の特徴は、AだからBというTheoryが無く、Bの主張だけを繰り返す新しい陰謀論だという。反対する勢力・政府機関・報道機関などを不正・不当と見なす陰謀論を流布させて処断したという。
或る研究者は、五千人の米人に次のように問うた。「一見無関係な出来事が、しばしば或る秘密活動の共通の結果であることがある」という命題に全否定=0から全肯定=100の点を付けて貰い、陰謀的な考え方・偏執的な傾向を測定した。極端にConservativeな人と極端にLiberalな人の偏執度が高く、Conservativeな人の方がやや高いという。私は生涯で2人の偏執的傾向がある人に出会った。Computerの黎明期に立派な業績を挙げた理系の先輩だ。お2人の場合は、常識的にはつながらない2つをつなげて考え、そこから業績を挙げたように見える。こういう偏執なら悪くない。以上