英数学者Alan M. Turingは、1937年に25歳でLondon数学会誌に発表した論文で、次のような仮想的な計算機械"Turing Machine"を描いた。
1か0かを記憶するFlip-Flop回路と論理演算回路で構成される回路群を「Sequential Circuit=順序回路」という。入力によって1つまたは複数のFlip-Flopの1/0の組合せが変わる。これを順序回路の「State=状態」の遷移という。状態と入力によって、出力と次の状態への遷移が決まる。以下の状態遷移表の順序回路に、磁気テープのような読み書き可能なテープを接続すれば、「1桁以上の10進数を記載したテープを下の桁から入力し、プラス1の数値をテープに書き残す」Turing Machineとなる。
回路の状態 | テープ入力 | 次の状態 | 出力(動作) |
A | B | テープを1ステップ進め読む | |
B | 0〜8 | テープ入力に+1してテープ | |
に書き込み、終了 | |||
B | 9 | A | テープに0を書き込む |
B | 空白 | テープに1を書き込み、終了 |
そのTuringが独暗号を解読しVon Neumannに師事した伝記を読んだ。
The man who knew too much, David Leavitt, Atlas Books, 2006
英役人の中流家庭に1912年に生まれたTuringは、全寮制Public SchoolからCambridge大の全寮制King's Collegeで数学を学んだが、勉学に秀でる一方で同性愛を覚えた。当時EinsteinもVon Neumannも居た米Princeton大のInstitute for Advanced Studyに大学院生として留学した。第2次大戦間近に帰国し、独軍の高度な換字暗号機Enigmaを解読する国家Projで、縦横2mもある巨大な電気機械を設計し、数台をフル稼働して様々な換字を試み、スパイ情報も得て解読に成功した。また独陸軍の別の暗号Fishの解読のために、真空管1,500本を使った電子機械Colossusを設計した。
終戦で国立物理研究所に職を得て、RISC型の汎用Computer ACEの設計を完成し、またManchester大でManchester Computerを設計し、いずれも人工知能を目指したが、彼の同級生でCambridge大数学研究所長Wilkes教授が主導する計算用途のCISC型汎用Computer EDSACとの予算獲得競争に破れた。Wilkes教授には私も3度お目に掛っているが、学究的だが人当りの良い英国紳士だった。対してTuringは同性愛者を公言し、花粉の時期には防毒マスクで通勤する合理的「奇行」の独断専行の人で、応援団を作れなかった。人工知能は可能というTuringに対して学界は冷笑的だった。
Computerの父と言われるVon Neumannの業績はTuringに負う所が大きいとも言われる。Von Neumannも選考委員だった雑誌Timeの20世紀の20人の偉大な科学者にTuringが選ばれた時の紹介文には次のようにある。
....All the computers today.... are on the basic computing architecture that John von Neumann, building on the work of Alan Turing, laid out in the 1940s.
1952年にTuringは19歳の少年を町で拾って自宅に泊めた。直後に自宅に起こった盗難事件を捜査した警察は、犯人ではなく同性愛の罪でTuringを逮捕した。服役の代わりに女性ホルモンの注射を選んだ彼は脂肪太りし、胸が膨らんだ。彼は次のように言われたくないと自虐的に友人に書いた。Turing believes machines think. Turing lies with men. Therefore machines do not think. 当時同性愛者は麻薬患者同様、欲望のために国家をも裏切り兼ねないと信じられていて、国家秘密に過去に触れたTuringには尾行・監視がついた。1952年のある朝Turingは、齧り跡のある青酸カリに浸した林檎を残して突然死んでいた。警察は自殺としたが、知人は事故死と信じ、この本の著者は国家による謀殺を疑っている。 以上