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短編随筆シリーズ「うつせみ」より代表作 Photos of flowers, butterflies, stars, trips etc. '96電子出版の句集・業務記録

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うつせみ
2011年 2月18日
            ういろう

 「ういろう」とは、味がはっきりしない名古屋名物の羊羹だと思っていたが、それは如何にもモノを知らな過ぎだった。羊羹は餡を寒天で固めたものであるのに対して「ういろう」は、各地の変種があるものの、主として米粉、土地によっては小麦粉や蕨粉に砂糖で味付けして蒸して固めたものだそうだ。羊羹も歴史的には小麦粉で作られたというから「ういろう」と同根とも言える。Wikipediaによれば、小田原、名古屋、京都、山口の「ういろう」が有名で、伊勢、神戸、徳島、宮崎にもあるという。一時期JRでは名古屋の「青柳ういろう」が独占販売されたので、これが「ういろう」の代名詞になり、販売量日本一になったとか。様々な味付けと色があるが、最も古く伝統的なのは黒糖の「ういろう」だそうだ。

 先日、「菓子のういろう」も商うが、漢方薬の「薬のういろう」で有名と初めて知った小田原の「鰍、いろう」の店を訪れ、知人に頼まれた「薬のういろう」を購入したのが、「ういろう」に関心を持った契機だ。「薬のういろう」は遠方からの客を含めて飛ぶように売れていて、1人2箱しか売ってくれない。この本店に来店した人にだけ現金で販売し、通信販売はない。夫婦一緒に入店しても2人分売ってくれるのか、夫婦は他人顔で別々に入店しないと駄目なのかを、上手に予め電話で確認してから、夫婦揃って買ってきた。国道1号線が小田原城の南端をかすめる辺りの、城かと思われる建物がその店だった。入口を入った正面に「菓子のういろう」があり、左奥のショーケースに漢方薬があった。

 漢方薬は3種類売られていた。「薬のういろう」の正式名は「透頂香(とうちんこう)」という。仁丹のような銀色の丸薬で728錠で\5k(k=千)だ。夫婦で4箱買った。その他に山の名で覚えた「妙香散(みょうこうさん)」は粉薬で90服\7kであり、これも2人4箱までだ。高いが知人の依頼だから構わない。自宅用にはTea Bagの「五香湯」\950を買った。

 店を出ようとしたら若い女性が入って来て店の人に「ういろうを下さい」と言った。店員が「お菓子と薬とがありますが」と言ったら、彼女は黙って出て行った。我々も出た門前で彼女に、店でも見かけた男が「薬のういろうをお願いします」と言った。どうも通り掛かりの見ず知らずの女性を捕まえて1人2箱を追加購入しようとしていた様子だった。

 歴史的には、「薬のういろう」が先に出来て、黒い「菓子のういろう」が銀色の丸薬になる前の黒い薬に似ていたためそう呼ばれるようになったという説と、足利義満に「薬のういろう」を献じた際にお口直しに「菓子のういろう」を添えたという説とがあるとのこと。

 「薬のういろう」は中国人がもたらしたそうだ。千四百年続いた中国の公家陳家が外郎という役職で元の皇帝に仕えていたが、元が明に滅ぼされた時に1368年に日本に渡った。博多で陳外郎(ういろう)と名乗り医術を施した。博多には「ういろう発祥の地」という石碑があるそうだ。2代目は足利義満に招かれて京に上ったが、朝廷の命で一時明に帰国し、霊宝丹という処方を日本に持ち帰った。この万能の薬が大評判となり、貴人が冠の中に入れて持ち歩くと辺りに香ったので、天皇から「透頂香」という名を頂き、また俗に「ういろう」と呼ばれた。 四代目の長子五代目を将軍は足利家に連なる宇野源氏の世継ぎとしたが、後に北条早雲に招かれて小田原に移住し、小田原の宇野家の始祖となった。このため宇野家が外郎家の本家だと宇野家は主張する。京都では「菓子のういろう」を伝える弟が外郎家を守ったが、戦国時代に衰退し元禄時代に断家となった。北条家が滅びた後も宇野家は代々の小田原城主に重用された。「薬のういろう」を伝え作るのは小田原だけだ。その他の「ういろう」はいずれも京都の職人が各地に散って興した「菓子のういろう」と、そのコピー品だという。

 「薬のういろう」「妙香散」「五香湯」の効用は一体何なのか? 病名が列挙されてはいるが、一言で言えば色々な生薬が含まれていて、何にでも効くということらしい。昔は水に溶いて目薬にまでしたという。多分病気に直接効くというより、体を活性化するような作用なのではないか。

 服用してみたい気もするが、生半可な服用では効かないのだろう。以上