細菌には結核菌のような恐ろしいものもあるが、腸内細菌のように人間に役立つ細菌もある。新型コロナウイルスは病害をもたらすが、人間に役立つウイルスは無いのかと調べてみた。厳密には無いらしい。
細菌は単一細胞の最も単純な生物だ。好ましい環境に置けば、分裂して増殖する。腸内のような環境を好み、人間のためになる働きをする細菌は、人間と共存共栄ができる。ウイルスは生物ではないと言われる。ウイルス自身は蛋白質で出来ていて、自身を作り出す遺伝子を持っているが、増殖するためには、寄生先の宿主の細胞に潜り込み、細胞の蛋白質生成機構に自分自身の蛋白質を作って貰わなければならない。ウイルスだけでは生存も繁殖もできないから、生物ではないという訳だ。人を宿主とするウイルスは、人の細胞の中で増殖し、結果的に細胞を破壊してしまうから、ためになるウイルスはあり得ないことになる。しかし或る腫瘍をやっつけるウイルスの研究はある。これは毒を以て毒を制する類いだ。
ウイルスはワクチン生成には役立っている。新型コロナウイルスのワクチンで最先行のPfizer社/BioNtech社のワクチンと、Moderna 社のワクチンは、mRNA型と言って、コロナウイルスの表面突起物=Spikeを作り出す遺伝子=mRNAを注射して体内に抗体を作らせ、本物のウイルスが来襲してもSpikeを無効化するから感染を免れる。一番高価だが開発が速いmRNA型にはやや遅れたが、Vector型=Adenovirus型のワクチンが第2段として出現して来た。これはSpikeの遺伝子=mRNA(一重鎖)をDNA(二重鎖)に変換し、呼吸器系に感染するAdenovirusの無毒/弱毒なものを選んでその遺伝子DNAにSpikeの遺伝子DNAを埋め込んで注射する。Adenovirusが運び屋=Vectorになるので、Vector型ともいう。英・SwedenのAstraZeneca社/Oxford大のワクチンがVector型では最先行で、欧州で接種が始まっている。中国のCanSinoBio社のもの、露のGamaleya社のSputnik V、米Johnson &Johnson社のものが続く。このAdenovirusは斯く人類に役立っている。
地球の誕生が45億年前で、生物誕生が40億年前だと言われる。最初は様々な偶然の中で、有機高分子が偶々各種出来た。そのほとんどは高分子に留まったが、ほぼゼロに近い確率で何億年も掛かって、一部の高分子が細胞化し、分裂増殖を始めたのが細菌の類で、生物の起源となる。その細菌から人の誕生まで40億年の進化を要した。進化は全て、遺伝子の確率論的変異と、それが環境に適合して居れば生き残る適者生存の原則=Darwinの進化論で選別されて来た現象だ。遺伝子しかないウイルスは、進化の最初に位置付けられそうな気がするが、宿主の細胞に寄生しないとウイルスは生きられないから、それはない。最近の研究では、細胞から色々なものを脱ぎ捨ててウイルスが生まれたという説が有力だそうだ。
米誌National Geographic 2月号は、生物進化史の早期にウイルスが宿主の遺伝子に入り込み宿主を強化した歴史を語る。それを引き継いで進化した人間を含む脊椎動物の、胎盤の母子を分ける膜や、脳の記憶神経細胞を生成する遺伝子配列に、ウイルス由来=Retrovirusが見られるという。
細菌もウイルスには悩まされたらしく、自然免疫で闘った形跡があるという。細菌であれ人間であれ、ウイルスには、宿主を病気にしたり死亡させたりする意思は全くない。子孫を増やしたいという意思すらもない。確率論的変異によって、偶々或る遺伝子を持つようになったウイルスが、或る宿主に入り込んで増殖する能力を持っただけだ。そういう能力を持たなかったウイルスも無数にあって、それらは死に絶えている。宿主の方から見ると、細胞に入り込まれて増殖されると、細胞が破壊されて病を得る。迷惑な話だが大雪や地震で被害を被るのと大差ない。誰かに攻撃されている訳ではなく、全くの自然現象だ。入り込まれて死亡する宿主は死に絶えて、ウイルスも宿主も破滅する。入り込まれても生き残った宿主は、何らかの免疫力のある宿主で、その後ウイルスに耐性を持つ子孫を残す。
人類の人口が増えて未開の地に入ることが増え、人知れず生きて来たウイルスが初対面の人間に実は病害を及ぼす能力があった場合に、そのウイルスに対抗する力を持たない人間に疫病が流行する。困ったことだ。以上