Kavli数物連携宇宙研究機構主催の講演会を2つOnlineで受講した。
「宇宙論と人工知能AIの関係を述べよ」と言われたら答に窮したはずの私は「バーチャル宇宙で迫る精密宇宙論---スパコンAIが紡ぐ宇宙の姿」という講演を10/23に興味深く聞いた。講師はKavli研客員研究員、本職は京大特定准教授の西道啓博氏だった。
宇宙の成り立ちには6つの宇宙Parameterが関係しているという。@物質密度、A暗黒物質密度、B宇宙マイクロ波背景放射=CMBのゆらぎ、C光学的厚み=透明度、D初期ノイズの大きさ、E初期ノイズの距離依存性。これらの値を勝手に仮定し、Einsteinの一般相対性理論の重力方程式を用いれば、コンピュータ上に宇宙を作り出し、その時間変化を追うことができるそうだ。テーブル上にゴマを撒いたような質量分布から、少し密度の高い部分の引力で質量が集まって来ると、不規則な編み目のような現実の宇宙の質量分布に近付いて来る。これが演題の「バーチャル宇宙」だ。
宇宙の年齢は138億年と判っているので、現時点の仮想宇宙を描き、その質量分布などの特徴係数を、現実の観測結果と対比し、一致するように宇宙Parameterを調整すれば、正確な宇宙Parameterの値を推察できる。逆に宇宙Parameterを勝手に設定したり、Einsteinの重力方程式すら入れ替えてSimulationすることも研究範囲だという。宇宙Parameterを様々に変えてSimulatonした仮想宇宙をAIに勉強させて、仮想宇宙を入力すれば宇宙Parameterを提示してくれるようなAIを作ったそうだ。
同様なAIを作ったと豪語するPrincetonとStanfordの研究者と学会で会って、それじゃ日本で仮想宇宙を作って出題するから、米国のAIで宇宙Parameterを逆算してごらんよと、真剣勝負が行われ、当たらずと言えども遠くない答を貰ったそうだ。その誤差の原因は、質量分布の高周波成分が充分反映できなかったことだと判明したとか。
SimulationにせよAIにせよ、当然莫大な計算量が必要になるので、水沢にあるスパコンのアテルイUで計算しているという。理論物理と実験物理の間を行く第3の学問で、人の英知と電算機の力の分担が肝要だという。
2つ目は、10/24に元Kavli研の機構長だった村山斉教授の講演を聞いた。今は米UCB大教授兼Kavli研の主任研究員で、演題は「私たちと元素の起源---超対称性で迫る強い力の対称性の破れと南部理論」。この演題も難しいが、村山教授は話術の天才だから聴衆に判った気にさせる。最後には、今年2021年4月に教授が単独で発表した画期的論文と、Nobel賞のお土産品のチョコレートのメダルを一緒に画面に表示して、暗に「実験で確認されればNobel賞ものだよ」と強く主張されたように見えた。
「元素の起源」では、Big Bangが冷えて水素とヘリウムができ、星の中で核融合が起こって鉄までの元素ができて超新星爆発で宇宙空間にばら撒かれ、中性子星の合体で鉄より重い元素ができた過程を復習した。元素が多様なのは、構成要素である陽子、中性子、電子が多様に組み合わされた結果だと説明された。次いで陽子・中性子と、それらを結び付けている「強い力」を及ぼす素子として、1949年日本初のNobel賞の湯川秀樹教授が提唱されたπ中間子は、何れもQuarkの組合せであることを復習した。
問題は、3つのQuarkから成る陽子・中性子の質量と、2つのQuarkから成るπ中間子の質量を比べると、同程度ではなく桁違いに前者が重いのはなぜかで、上記チョコレートNobel賞の論文はそれに答えたものだという。
2008年Nobel物理学賞の故南部陽一郎Chicago大名誉教授(1921-2015)の自発的対称性の破れとは、芯で立てた鉛筆は回転対称だが、自発的に(自然に)倒れて非対称になった方がエネルギーが低く安定という意味だ。一方超対称理論とは、既知の素粒子と対称となる未知の素子を加えて、素粒子の種類を2倍にする理論だが、まだ超対称新素子は発見されていない。
村山教授は、超対称を取り入れれば問題が簡単化し「強い力」が厳密に解けて、π中間子の質量は小さくてよいことを示したと。その対称性が自発的に破れて現実に近付いた場合でも、変化分を算入する方法で世界初に解けたという大論文だとのこと。金属のNobel賞になって欲しい。以上