脱カタカナ英語の要諦は母音にある。子音は誤魔化しが効くからだ。日本語に無い子音(th, f, v, l, wh)は学校で習うし覚え易い。似て非なる子音(t, w)は日本語の子音で代用しても目立たない。但し多くの日本人はローマ字の知識で、英語の子音 rはラ行の子音だと誤解している。
日本語のrは独特で、舌が上顎に付き、離れる瞬間に舌先が震える。米語のrの発音には2種類(a)と(b)があり、米人は無意識に使い分ける。いずれも舌が上顎に付くことはない。(a)は巻き舌だ。(b)は舌の付け根を上奥歯に付け、舌先を下前歯に近付けて発音する。(a)の方が平易だが、(b)が多用される。Girlの如くrの直後にlが来ると(b)の方が舌先を移動し易い。イギリス標準語ではGirl, Parkのrは発音しないが、米語では発音する。rを発音する古い英語を話すScotland Irelandの移民が米中西部から西部に展開してGeneral Americanと呼ばれる標準語を形成したからだ。
音声学上の母音の定義は「声帯を震わす有声の連続音で、息を止めたり息の妨害音を生じない音」である。英語のrは息が狭い通路を通る連続的な接近音を生じる子音だが、同じく連続接近音の y, w 等と共に半母音とも呼ばれる。日本語の rは連続接近音ではないから、半母音ではない。
日本の標準語は5母音だ。先史時代の日本語は、台湾を起源とするPolynesia系先住民の影響で4母音だったのが5母音に増え、万葉仮名時代には渡来人の影響で8母音が正確に使い分けられた。イエオに各2種甲乙があった。やがて万葉仮名は混用され、平安時代には5母音に縮退した。
音声学では「母音表」という地図上に母音を位置付ける。イとウは舌が上顎に近く高いので高母音、イは舌が前方に出て舌と唇の間に小さな空間を作るので前舌高母音として地図の左上に位置付ける。逆にウは舌が後方に引っ込み大きな空洞を作るから後舌高母音として地図の右上に位置付ける。アは舌が低い位置にあるので(前舌後舌の別無く)低母音で地図の一番下に置く。高母音と低母音の間を音声学は半高母音、半低母音と合計4段階に分けるが、日本語は中間の2段階を区別せず前舌中母音のエと後舌中母音のオだけだ。つまり日本語の母音は尤度が大きく、広範囲を1つの母音と認識する。逆に英語の母音は小分けになっている。(添付参照)
母音を周波数分析すると、声の高低である基本周波数F0とその高調波が検出される。高調波のうち声帯から舌までの長さに共鳴する第1フォルマント=F1と、舌から唇までの空間で共鳴する第2フォルマント=F2が特に重要で、縦軸F1と横軸F2を適当に選んで母音を2次元に位置付けた「スペクトログラム」は「母音表」に似た分布となる。(添付参照)
母音表の上に日本語は5母音、米語は11母音を置く。また米語にはGirl, Parkのように半母音rを用いる母音が6種ある。合計17種のうち次の7種を全てアで代用するのがカタカナ英語の特徴だ。ago(第1母音), putt, pat, palm, (pot), pearl, partだ。potはポットと言う日本人が多いが、同じ母音で not はナット、bodyもナイスバディなどと言う人が多い。
日本人の多くは can をキャンと習うが、pat, ham, matなどと共にアとエの中間の母音で発音する。またpeatとpit、leaveとliveは母音の長さの違いだと誤解する人が多い。日本語はメトロノ−ムのように何拍かを数え、オは尾、オーは王のように拍数で使い分けるから、日本人は長さに敏感だが、米英人は鈍感だ。拍数を無視すると外人風の日本語になる。これらのペアは長さも違うが母音も違う。peatやleaveの母音はイーで良いがpitやliveの母音はイとエの中間だ。米英人が長さで区別しているか母音で区別しているかを私が実験した所では、母音で区別しているらしい。poolとpullも同様で、poolは唇を尖らせたウー、pullはオに近付く。
girl, early, hurdle, Earl Greyなどがちゃんと米語風にrで発音できることが、脱カタカナ英語の最重要点だが、日本ではあまり教えない。
日本人は日本人訛で上等だ、Einsteinは生涯独訛の英語だったが皆耳を傾けたぞ、という話を良く聞く。内容が良ければ誰だって聞くさ。実際にはオリンピック招致だって商品の売込みだって、内容と英語の足りない部分を相互に補い合う場面がほとんどだ。カタカナ英語は損をする。 以上