日常生活では、WinnyというFile共有ソフトは悪用と関連してしか耳にしない。最初は、著作権のある音楽を一人がDownloadすると、無数の人がそれをWinnyでシェアして無料で楽しむ著作権破りの道具として報道され、ソフト開発者が逮捕されたという記事を記憶している。最近は、多分音楽や映像をタダで入手する目的でWinnyを入れておいたパソコンに警官や教師が公の秘密情報を入れ、悪意の第三者がWinny経由でそれを持ち出したという情報漏洩の報道から、危ないソフトとして認識されている。
そのWinnyの開発者金子勇氏の講演「Winnyに学ぶP2P技術」を聞いた。自ら「ソフトを作っただけで逮捕されて有名になった金子」と自己紹介した。逮捕当時は東大の特任助手だった。多分腕っこきのプログラミング技術を教授に見込まれたのであろう。今はWinnyの技術を企業用に発展させることを狙うSkeed社の取締役と紹介された。因みに訴訟は、地裁では150万円の罰金、高裁では無罪、検事の控訴を最高裁が蹴って無罪が確定したのは昨年末だったそうだ。Q&Aで「Winny技術を今後も発展させますか?」と問われた金子氏はキッパリ「Noです。懲りました」と答えた。Skeed社ではあくまで技術顧問で事業責任は負わないということらしい。
出刃包丁を作った人が殺人幇助罪に問われない以上、ソフトを作った人を著作権違反幇助罪に問うのは無理がある。また金子氏によれば、File共有と著作権保護=DRM=Digital Rights Managementは別の話だという。保護手段を講じない音楽を世に流す方が悪いという主張だ。ごもっとも。しかし出刃包丁は殺人以外に広い用途があるのに対して、Winnyは悪用以外の用途が狭いから、検事が控訴したくなったのも判る。
何でも使ってみたい私だが、Winnyは使う気がせず、従って知識は限られていてもう一段詳しく知りたかった。また開発者はどんな人物なのかにも興味があった。この2つが私を若者ばかりの講演会場に導いた。
人物は想像通りだった。物凄く頭の回転が速く、一見して天才的なプログラマと推察された。Winnyは1カ月でCodingしたそうだ。回転が速過ぎて講演が追い付かない。判り易い話をしようなどという意図は全く感じられなかった。但し金子氏の回転は技術に留まる。その技術が社会に及ぼす影響はほぼ関心の外である。「Winnyがこんなに広まり悪用されるとは思いもよらなかった。御免なさいと言うしかない。だからもう止めた」と。
私は「情報提供者の匿名性が高いFile共有ソフトは効用より悪弊の方が大きいと気付かなかったのか?」と聞きたかったが、その勇気が無かったので「匿名性の実現は面白いと思ったと言われたが、なぜ?」と質問した。私の予想回答は「Wikileaksを見よ。アラブの春や中国の陳氏を見よ」だったが、予想外の回答だった。「報道のニュース源守秘は人間に頼っている。人間に頼らなくても技術的に情報源の秘匿が可能と気付き、面白いから実現したいと思った」と言われた。あくまで技術的興味だ。
InternetであれIntranetであれ、Computer Networkの多くはServer/Client Systemであり、Clientであるパソコン(PC)はServerのみと通信し、Serverを通して他Clientと情報のやり取りをする。その履歴はServerに残る。WinnyはServerを使わず、P2P=Peer-to-Peer=同僚同志でClient相互間で情報を交換する。例えServer経由の通信であっても、Serverに情報交換を依頼せず、Serverには細切れの情報(Packet)を右から左に転送することを依頼するだけだ。Serverに情報交換の履歴は残らない。
WinnyソフトをPCに入れると、メモリの一部がWinny用記憶領域(Cache)と定義され、Winnyが勝手に使用する。提供可能なFileが何処に何があるかなどの制御情報(Key)がNetworkの主要ClientのCacheに格納され、誰かがそれを要求するとFile本体が中継Client経由で送られる。中継ClientのCacheにはFile本体が記憶され、中継Clientが情報源であるかの如きKeyになる。だから大勢が要求するFileほど、あちこちのCacheにFileが存在し、どこが情報源か判らなくなるという仕組みだ。
もう一人の腕っこきのプログラマはFacebookを興し上場させた。個人属性情報に則した広告は売れると見当をつけ、それが当たった。 以上