Henry A. Kissinger氏は有名だ。1923年に南独でユダヤ人Heinzとして生まれ、家族と共にNaziの迫害を逃れて1938年に渡米し、Manhattanで働き夜間に高校とNew York市大に通ううちに徴兵された。戦後Harvard大政治学部に入り博士(1954)を取得後も大学に残り国際問題センタを設立した。Nixon大統領(1969-74)とその辞任後のFord大統領の下で顧問と国務長官(1973-7)を務め、ソ連との緊張緩和や中国国交(1972)を実現した。1973年にVietnam戦争の停戦に貢献した功績でNobel平和賞を授与された。
そのKissinger氏が昨2014年に91歳にして新著を出版したと知った。
World Order, Henry Kissinger, Penguin Press, 2014/9
友人と食事中に「世界秩序の概念の危機的混乱が国際問題の根源」という結論になり本書を書いたと最後の謝辞にある。ただ単語が難しいのには閉口した。leave, clever, stiff, typical と言ってくれれば私でも分かるのに、夫々bequeath, adroit, sclerotic, quintessentialと書く。本書は世界史的な視点からの政治学の、洞察が効いた教科書・講義であり、異なる文化にはそれぞれの目指す世界秩序があると筆者は主張する。
欧州流の世界秩序は「Westphalia型」だという。欧州で1618-48年にCatholicとProtestantの国々が互いに戦い大きな戦禍を残した三十年戦争を世界史で習った。その講和条約が西独Westphalia地方の複数の都市で折衝・合意された。戦禍を反省して各国の文化・宗教の独自性を認め、内政不干渉・国内少数派保護を合意し、各国の力関係の平衡による多様な国々の併存の条約となった。以降その平衡を破るものは各国の協力で抑え込む。以前から欧州にはその風潮があったのが、条約で公式化した。
Islam文化はそういう多様性を認めないそうだ。Muhammmadは周辺に(1)Islam教への改宗、(2)属国として納税、(3)戦争 の三者択一を迫った。多くは(1)を選んだので急速に布教が進んだ。(1)(2)で世界が統一され平和になることが世界秩序であり、多くのIslam国家も最近台頭してきたISILもこれを国是としているそうだ。EgyptのSadat大統領は、非IslamのIsraelを認めIslamの土地を割譲した反宗教行動の故に暗殺された。2010年のArabの春は若者の民主化要求だったが、反宗教的と見なされた。
中国には昔から中華思想があり、自国と朝貢国から全世界が構成されていた。近代に至り他国が作ったルールに従わされていることが中国には耐え難く、自らルールを作って世界に広めることを希求しているという。
米国は19世紀初めにはMonroe主義で南北米州と欧州の相互不干渉を唱えたが、力を付けてきた20世紀初頭のTheodore Roosevelt大統領(1901-9)は、南北米州内では警察として各国の不正・無能に干渉する権利があるとした。また米州外に対しては欧州流の平衡政策を採った。露の太平洋進出を抑えるために日露戦争では日本を支援し、しかし日本が満州・朝鮮に進出すると日本を抑える側に回った。民主党のWilson大統領(1913-21)が就き第1次世界大戦に参戦した。「米国は共和党Roosevelt大統領が信奉した平衡のために参戦するのではなく、民主化のため、米国の価値観を広めるために参戦する」とした。民主主義の下では国民の平和希求が世界を平和にするという理想主義が米国民に受けて、以降自由と民主主義を広めるWilson思想が米国史に根差す米国の世界秩序感となって今日に至る。
筆者は次のように結論している。(1)米国は自由と民主主義の方向性を失うべからず。(2)しかし世界秩序は1国では出来ない以上、多様な秩序を認めねばならぬ。これが近代化されたWestphalia型である。
以下私見だ。米国理想主義の民主化努力は尊いが失敗の方が多い。前提条件が必要だからだと思う。大正民主主義やWeimar共和国の歴史を持つ日独の再民主化には成功したが、韓国・台湾・フィリッピンなどでは長らく専制が続いた。日本だって幕末や維新の時に民主化を強行したら国が潰れた。賢明な中国は「中国にはこれがベスト」と民主化要求を撥ねつけている。Islam国家は「民主化要求は亡国の陰謀」と捉えている。Iraq・Arabの春諸国では米の民主化支援が国を危うくしている。素地の無い土地を耕すと泥沼化して米国の安全にも世界平和にも反って逆行する。 以上