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うつせみ
2013年 1月11日
          山のあなた

 小学校の宿題で記憶した上田敏訳詞「山のあなたの空遠く」は有名だ。独詩人Carl Busse (Karlではなく)の原詩に出会った。独語を選択しなかった方、忘れた方のために、出来るだけ忠実に逐語英訳してみた。

Über den Bergen weit zu wandern
    Over the mountains far to wander
        山のあなたの空遠く
Sagen die Leute, wohnt das Glück.
    People say, resides the luck.
        「幸」住むと人のいふ。
Ach, und ich ging im Schwarme der andern,
    Ah, and I went in flock of others,
        ああ、われひとと尋めゆきて、(とめゆきて)
kam mit verweinten Augen zurück.
    came back with tearful eyes.
        涙さしぐみ、かへりきぬ。
Über den Bergen weit weit drüben,
    Over the mountains far far over there,
        山のあなたになほ遠く、
Sagen die Leute, wohnt das Glück.
    People say, resides the luck.
        「幸」住むと人のいふ。

 Busse(1872-1918)はBerlinで活躍したが、生まれ育ちは今はPoland領西部になったPrussia領だった。Berlin周辺には「山のあなた」というイメージの山は思い浮かばないが、故郷は地図で見る限り山がありそうだ。彼自身が故郷の山を越えて首都Berlinに出て来たのであろう。

 この訳詩を習った頃の私は、山口県の中国山地と島との間に出来た砂嘴に発達した港町、光市室積に居て、昔僧坊が多数あったと伝えられる千坊山と山脈を見上げ、水平線に連なる島々を遥かに眺めて育った。山の向こう、島の先に興味は尽きなかった。終戦後の食料不足で、父に連れられて千坊山を越えて隣村に買い出しに行った往路は嬉しかったが、大きなカボチャ1つだけを入れたリュックが重くて復路は大変だった。山の向こうにはまた山があるだけだと知って少し落胆しつつ、しかしその先に興味が湧いた。だからこの訳詩は実感を以て幼い心に迫って来た。長じて東京に出て来たのも、海外旅行が認可を要した時代に米留学に飛び出したのも、その延長線上だったと思う。生まれつき好奇心が強かったのかも知れぬ。

 National Geographic Magazine 1月号はRestless Genesと題して、或る遺伝子とその文化が冒険の源だという記事を掲げた。現状に満足せず落着かず何かを追い求めるRestlessという用語は良く判るが、日本語では何と言うか? 素直には「落ち着きの無い遺伝子」だろう。雑誌の日本語版はそうなっていることを広告で確かめた。しかし原語のニュアンスを伝え兼ねている。辞書で色々調べたが結局、平易な訳語は無いと結論づけた。

 DRD4-7Rと呼ばれる遺伝子を現代人の20%ほどが持つという。これがRestless Geneで、脳の神経細胞間の情報伝達を司る化学物質Dopamineの分泌を活発にし、前向き人間を作り出す。即ち、新奇な場所・アイディア・食物・人間関係・薬・性関係などを試す勇気を持ちリスクを犯すそうだ。DRD4-7Rを持つ遊牧民は栄養が良く強健だが、定住者では逆という研究がある。Neanderthal人が何十万年も居住地を拡げなかったのに、現代人の祖先Homo Sapiensは数万年で、太平洋の孤島Easter島や南米南端に至るまで全世界に拡がったのはこの遺伝子の成せる技と示唆している。

 1830年代にCanadaのQuebec市が満杯になった時、川向うの原始の森を切り開いて村々を建設した人達が居たそうだ。この新天地では土地が容易に入手出来たので結婚が早目で大家族になる傾向があった。このように前向きの遺伝子と開拓の早婚文化が相互を強めた関係が近年の研究で明らかになったという。人類の争いも発展も遺伝子だと言われると複雑だが。以上