勤労意欲に関して対照的な本を2冊読んだ。最初の本は、
「下流志向、内田 樹、講談社、2007、pp231」
副題は「学ばない子どもたち 働かない若者たち」で、筆者は日比谷高校中退、東大仏文卒、都立大大学院卒、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。合気道六段、居合道三段、杖道三段の武道家だという。表紙には大きな下方向の矢印が書いてあり、表題と共に極めて印象的だ。
学ばず働かないのは、怠惰ではなく、本人達は学ばず働かぬように努力しているのだというユニークな見解だ。だから「下流志向」なのだ。
近頃の子供は幼児期から両親・親戚などからお金を貰って買物をしている。金さえ持っていけば店では顧客だから大人同様に大事に扱って貰える快感を知り、幼い内から消費者としての自覚と世渡りの知恵がつく。そこで学ぶのは即時(筆者は「無時間」という)の等価交換の知恵で、出来るだけ有利な条件を引き出して金と商品を即時交換する知恵だ。
その知恵を持って小学校に入学する。生徒が先生に金を払う訳ではないが、代わりに「真面目に学ぶ」苦役を提供して教育を受けるという考え方になる。「将来役立つ」のでは即時等価交換にならないから、今受け取れるものを評価すると概して低い実用価値しか得られない。よって等価交換の原則に従い、「真面目に学ぶ」苦役も最小限にしないと損だし、授業の価値を自分が低く評価していることを表現出来ないと考える。
若者が就職して、自分が苦労してこんなに労働したお陰で会社はこんなに稼いでいるのに、自分への報酬は少ないと感じる。労働配分率100%はあり得ないから、稼ぎよりも報酬が少ないのは当然だが、それに加えて自分の労働貢献を過大評価する自己愛がある。それを若者は等価交換律の侵害と捉え、働くという苦役を提供しても搾取されるばかりでつまらないから働かなくなる。就職や職業訓練の機会が与えられても、頑なに懸命にそれらから遠ざかり、いわゆるNeetになる。と著者はいう。
もう1冊は、パートからブックオフの社長になった橋本氏の本だ。
「お母さん社長が行く、橋本真由美、日経BP社、2007、pp251」
本書は日経ビジネスオンライン連載を出版したため、内容に若干重複があったりするが、文章が素晴らしく上手いため臨場感があり読みやすく引き込まれる。Project X 的な感動もある。橋本氏の文才なのか、珍しくも巻末に橋本氏の紹介と並んで紹介されている構成者(校正者ではない)の文才なのか分からぬが、読者にとってはどちらでもよいことだ。
氏はタレント清水国明の姉ながら短大出の栄養士で専業主婦だった。子育てが一段落して41歳のエネルギーを持て余し、パートの申込みをした1社目からは断られ、2社目に受けたブックオフ1号店の開店に際しもう1人の主婦と共にパートとして採用され、学生アルバイト数人のお母さん役を勤めた。家庭でどんなに綺麗に掃除しても誰に褒められる訳でもなかったが、店を完璧に掃除すると創業者坂本氏に褒められ給料まで貰えることが嬉しかったそうだ。ビジネスマンとして何の経験も訓練も無かったが、本書を読むとやはり「タダのおばさん」ではなかったらしいことが判る。仕事に熱心でメモ魔で何でも吸収した。試行錯誤で失敗もするがそれを教訓に現場を改善しノウハウにしていく。勉強熱心だから環境が変わっても適応していける。パートから17-18年ずっと経験を積み勉強してきたから、氏がリーダになると必ず業績が向上し、国内外約1千店舗のどこに入っても、最初の1秒で店の良し悪しが分かり、3秒で改善点が分かるそうだ。
それに何より、時給だけを目当てに入ってきた若者のMotivationに異才を発揮したようだ。氏はいう。「ダメな子」なんて居ない。努力すれば自分が認められるようなやり甲斐のある仕事があれば、どんなフリータ、アルバイタでも素晴らしい若者に大変身すると。但しどんな若者でもやり甲斐を感じさせることができる天性が氏にはあるに違いないと私は思う。
若者に関しては対照的な2冊だったが、多分どちらも正しく、コインの両面を言っているように思える。天才橋本氏の真似は出来まいが、やり甲斐を与えることが出来るか出来ないかで正反対の結論になる。 以上