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− 日本語のこと −
その1 日本語の表音表記について
1997年5月14日
欧米の言語に限らず、 現在では世界の言語の殆どが表音的な表記方法を採用している。
表意文字の代表格とされる漢字でさえも、 その大部分は形声文字であり、 従って表音的な構成要素を含んでいるのである。
翻って日本語の場合を考えてみるとどうであろうか。 漢字は、一般に音と訓の2通りの読み方があり、
音は中国での読み方を元にしたもの、 訓はその日本語訳に相当するものである。
そして音にしても中国から伝来した時期により、 或いは日本での慣用により、
幾つもの違った読み方が1つの漢字に与えられているものが多く、 訓については全く別系統の語が幾つも同じ漢字に対応されており、
その結果1つの漢字に10以上の読み方が与えられている例も珍しいことではない。
日本語における漢字は、世界でも珍しい極端な表意文字ということができる。
これに対し、日本語には平仮名と片仮名という2系統の表音文字がある。 ローマ字を加えると3系統ということになるが、
これはひとまずおいておく。 ご存知のように、平仮名も片仮名も漢字を元に日本人が発明したものであるが、
これらの仮名が現在の状態に定着するについては、 いろんな人たちの苦労と、工夫があったに違いない。
また、ローマ字が日本語の表音表記の方法として定着しなかったのはなぜかということも興味のあるところである。
仮名の成立の中での濁点の導入の意味と、 ローマ字の普及しなかった理由とを少し考えることにしたい。
日本語の表音表記の始まりは、いわゆる万葉仮名、 つまり漢字をそのまま表音文字として使うことであったとされる。
この方法は中国で随分古くから行われており、 殊に周辺異民族の言語を記す場合に良く使われた方法である。
恐らく万葉仮名は、中国で行われていた方法に倣って成立したものと考えられる。
万葉仮名を使用するについても、 漢語と仮名の部分が混在する場合にその表記上の区別が必要であり、
仮名の部分を小さく書くような方法も工夫されている。 また、漢語の読み方を万葉仮名で注釈する、振り仮名の方法も開発されている。
万葉仮名は漢字の表音的使用であるが、 日本語のある音を記すのにいろいろな漢字が可能であり、
実際1つの音にたくさんの異なった漢字が場合により使われていた。 また、漢字は1字1字の画数が多く、
日本語の表音表記に使うには能率の良いものではなかった。 万葉仮名として使う漢字の整理と、
仮名としての字体の簡略化とが次の課題であった。 この2つを解決するのが平仮名と片仮名の発明であるが、
ここで次のような疑問が生じる。
(1)なぜ平仮名と片仮名という2つのかなが生じ、 現在までどちらも生き続けているのか。
(2)なぜ47の清音と「ん」の合計48文字にまで整理が進んでしまったのか。
(3)いったん48文字にまで整理されながら、 後に濁音記号が導入されたのはどんな事情によるのか。
(1)については、平仮名が女手といわれるように主に女性の書く手紙などに使われたのに対し、
片仮名が仏典の読み方などの心覚えのためなどに教科書に書き込んで使われたというように、
それぞれ別の場所で独立に成立し発展したことが影響していると考えられる。
(2)については、和語では余り濁音が使われないこと、
使われる場合でも主に複合語化などに伴う、 連濁による場合が多いことによると思われる。
雪国を「ゆきくに」と書いても十分に分かるし、 むしろ「ゆき具に」と書くとわかりにくかったのであろう。
(3)については、まず文字を読み書きする人の対象が広がり、
いわゆる教養人以外の人も使うようになったことで、 表記上はっきりと清濁の区別をしてやらないと正しく読めない人が多くなったことが1つの理由であろう。
もう1つの理由は、漢語の普及が著しくなったことであろうと思う。 漢語の読みを仮名で表すとき、清濁を区別できないのは大変不便である。
恐らく濁音記号は片仮名でまず導入されたのではないかと想像する。
明治になって、日本語のローマ字表記運動が起こっている。
世界的に見れば、圧倒的にローマ字表記が主流であり、 数多くの漢字と仮名を学ばねばならない日本人は、
努力の割に不利な環境におかれているという危機感が背景にあろう。 しかし、それにも拘わらず日本人は相変わらず漢字仮名混じりの文章を読み書きしている。
お陰で、仮名漢字変換という独特の方式のワードプロセッサーを発明することにもなってしまった。
なぜローマ字表記は日本語に馴染まなかったのであろうか。
平仮名と片仮名の成立において、 上記(2)のように清濁の区別をしなかったことと関係があるのではないかと私は考えている。
ローマ字では「雪国」は yukiguni 又は yuki-guni と書くが、 これを yuki-kuni
と書くことにしていたら、 もっとローマ字化運動は成功していたのではないかと思うのである。
清濁の区別をしたい場合には、上記(3)に倣って濁音記号を導入すれば良い。
例えば、 yuki-ku^ni と書くことにする。 濁音記号は「u」(の後)でなく「k」(の後)に付けるべきだというかもしれないが、
私はどちらでも構わないと思っている。
さて日本語の表記法はこの先どうなっていくであろうか。
現在、日本語では漢字と平仮名を主体として、 算用数字と片仮名とローマ字を交えた表記を使っている。
このうち漢字と算用数字は表意文字であり、 平仮名と片仮名、それにローマ字は表音文字として使用している。
この3種の表音文字はどれか1つに統合されるのであろうか。 平安時代に平仮名と片仮名が成立して以来今日まで2つの仮名が統合されなかったように、
ローマ字を加えた3種はこれからも使い分けされながら存続し続けるのであろうか。
日本語のこと(2)につづく
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