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1997.7.28(月) チューリッヒZuerich→湖遊覧→チューリッヒ
ついたとたんに(幸子は)トイレに行きたくなった。ここも有料トイレしかない。しまった、降りる前に行っとけばよかった。セコい私は思う。でもしかたがない。有料トイレはとてもきれいで、バックグラウンドミュージックが流れている。それを聞いていて、いかにもスイスらしい、と感心してしまった。カンツォーネがドイツ語で歌われているのだ。チューリッヒはドイツ語圏だが、イタリア語を話す地域もスイスにはある。イタリアとドイツ、二つの文化がこの音楽の中に共存している。スイスでは、ドイツ語を話す人、イタリア語を話す人、そして、フランス語、ロマンシュ語を話す人たちが仲良く共存し、一緒にスイスという国を形作り、スイスの文化を作り上げているのだろう。
ガイドブックではインフォメーションは駅の外側だったが、駅の構内に移動していた。そして何と手数料は無しだった。ホテルは130SFr。チューリッヒはうっとりするほどきれいな町だ。湖もきれいだ。ここがスイスの商工業や金融の中心都市だなんて、東京と比べるととても信じられない。何よりもまず、第一級の観光都市だし、しかも観光地の喧騒が余りなくて、しっとりと落ち着いている。自動車のマナーも最高だ。歩行者が信号を無視しても自動車はおとなしく歩行者が通り過ぎるのを待っている。
観光客もさすがに多い。日本人も多いが中国人も目立っていた。観光バスが止まっているところは高そうなホテルの前。私たちはそれに比べればはるかに安宿。でもとっても快適。ホテルの部屋の壁には、キャンバスいっぱいの花を背景に、マリンタイプの縞縞のTシャツを着た少し中性的な感じの若い男の子が描かれているとても個性的で印象に残る絵が掛っていた。のちにミュンヘンの博物館で、この絵の実物と出会い、かなり有名な絵なのかも、と納得した。
この日はまず、湖を遊覧。ここの遊覧船はユーレイルパスが使える。チューリッヒ湖は、かなり大きく、湖を囲んで沢山の町がある。夏の日差しの中で湖畔の家々は明るく輝き、遠くには山々が望めて素晴らしい景色だ。みんながスイスに来たがるのも無理はない。下船後、教会見学。聖母聖堂でシャガールの美しいステンドグラスをみる。大聖堂では塔にも登った。馬鹿と煙は何とやらで、以後この旅行中、どの町でも塔とみれば必ず登ってみたくなり、あちらこちらでいくつの塔に登ったことか。良い運動になった。教会を見た後、市街を散策し、おもちゃ博物館や、ペスタロッチ公園に立ち寄り、ホテルに戻る。
もうそろそろ夕食を食べに行くべき時間なのだが、わたし(幸子)としたことがお腹の調子が少しおかしい。何か軽いものを探そうと外に出る。ホテル近くのイタリア系のファーストフードのお店で、半分に切った大きなナスの中にトマト味のご飯をつめたものを食べた。こうしたファーストフードやセルフサービスのお店は、メニューが絵や写真で示してあったり、或いは現物を目で見ることができたりして、言葉のわからない者にも分かりやすくて助かる。今夜の場合も、写真を見てナス料理と分かり、(幹雄が)中身を聞いたら、お米だというので、これなら大丈夫と、注文したのである。これが意外なほどにおいしくて、お腹にもやさしかった。また、チューリッヒに来ることがあったら食べたいと思うくらいだ。イタリア料理は食材が日本と似ているし、味も今や日本人にはおなじみなので、一番間違いがない。この先も何度となくイタリア料理にはお世話になった。
1997.7.29(火) チューリッヒZuerich→ルツェルンLuzern
ホテルHotel Bel-Air Edenの中庭が屋外レストランとなっているらしく、私たちの泊まった部屋はそこに面していたので、昨夜は結構遅くまで賑やかだった。朝食は部屋に運ばれて来て、パンは食パンをトーストしたものだ。部屋で食べる朝食もトーストも、今度の旅行中このホテルだけだった。そう言えば、使い捨ての歯ブラシがおいてあったのもここだけだ。観光業界の研修ツアーであちこち行って、いろんな国の宿泊施設を参考にしているのだろうか。日本に来たこともあったりして−−−、などと考えてしまう。
今日は午前中、チューリッヒ駅のすぐ近くのスイス国立博物館を見学。スイスの歴史や文化を一堂に集めた内容豊富な博物館で、見るのにかなりの時間を要する。面白いのは時間のスケールを地層の厚さで表現していることである。人類の歴史の中で現代文明が始まってからの時間なんてほんの僅かだということが分かる。その人類の歴史だって、生物の歴史からすればごく短い時間の出来事にすぎない。その生物の歴史の大部分が微生物の歴史であるということも…。
ここで昼食をとってから、ルツェルンへ。 ルチェルンで2泊、夕食付きのホテルにした。このホテルのエレベーターはなかなか古風である。そう言えば窓から見える向かいの建物も随分古いものを手直ししながら使っている風である。夕食までの時間を街の中を歩いたが、ここも湖の水が実にきれいで、町並みも美しい。
1997.7.30(水) ルツェルンLuzern→アルプナッハシュタットAlpnachstad→ピラトス山Pilatus→ルツェルン
今日は娘の誕生日なので、ホテルから電話で「おめでとう」。そして、船に乗ってピラトスのふもとアルプナッハシュタットにむかう。ピラトス山は有名な観光地で登山電車に乗るまでにかなり待たされた。徒歩で登る人もいるけれど、私たちは世界一の急勾配という登山電車に乗り、山頂へ。なるほど見事な景観だが、日本にもよくある「いかにも観光地」という雰囲気。日本人も多い。帰りはロープウェーとリフトでクリエンスに出て、トロリーバスでルチェルンへ。
氷河公園を見学し、旧市街のフレスコ画のある建物を見たり、教会を見たりしながらホテルに帰った。
ピラトス山の周遊券 |
氷河公園の「鏡の迷宮殿」で |
フレスコ画のある建物の前で |
1997.7.31(木) ルツェルンLuzern→インターラーケンInterlaken→グリンデルバルトGrindelwald→ユングフラウヨッホJungfraujoch→グリンデルバルトGrindelwald
1997.8.1(金) グリンデルバルトGrindelwald
朝から雨。昨日ユングフラウヨッホに行ってきてよかった。今日はスイスの建国記念日。朝食のパンはこの日のための特別製とか。とてもおいしかった。お子様ランチにあるようなスイス国旗もついている。天気がよければゴンドラでフィルストFirstへということも考えていたが、あいにくの雨なので商店街をぶらぶら。この機に土産物を少しは買っておこう。それにしても日本人が多い。日本語の通じる店も多い。日本円が使える店もある。でもさすがに観光地、物価は少し高い気がする。
夕食は少しはしゃれたところでと思いよさそうなところを見てまわったが、予約が入っていたり、そうでなくても満員でなかなか入れない。そんな折たまたま入ったところが、Swiss
Chalet Gepsi-Bar。窓際のテーブルについて食事を始めると表通りの賑やかさが一段と増す。パレードがやってきたようだ。レストランもどんどん混んでくる。ウェイターがやってきて相席してもよいかと聞く。構わないというつもりで思わず「Yes」と言ってしまった。言ってしまってからおかしいことに気づいたが、ウェイターが先に「No
problem?」。すぐに「No problem」と言いながらうなずいてしまったが、こういう時は首を振りながら言うべきだろうか? ともかく話は通じて相席したのがKassebaum夫妻。劇的な出会いの始まりである。
そして夜、奇跡的に雨が上がり、建国記念日を祝す花火、花火。どこから湧いてきたかと思うほどの人、人、人…。
1997.8.2(土) グリンデルバルトGrindelwald→インターラーケンInterlaken→ミュンヘンMuenchen
今日もスイスは雨模様。一路ドイツへ。