「ヒモ理論」の権威が書いた、Newtonから最新の物理学までを数式を一切使わないで読者に判らせてしまうすごい本に出会った。
The Fabric of the Cosmos, Brian Greene, Knopf, 2004, pp569 半世紀前に大学で物理を学んでからご無沙汰している私には、以降の物理学の発達に驚くことが多い。同じような境遇の人なら読んで後悔しない本だ。ほとんど電車の中で懸命に読んで約1ヶ月掛かった。実は今春ヒモ理論と対抗する後述のループ量子重力理論の権威Smolinの解説本を読み3月21日の「うつせみ」でご紹介したので、これでバランスがとれる。
本はNewtonから始まる。林檎が落ちるのを見て引力を発見したという話は後世の創作伝説だということは広く知られている。だがもっとNewtonらしい実話があることを初めて知った。水の入ったバケツを綱で吊るし、バケツを充分捻って放すとバケツは回転し、摩擦で水もやがて回転し始め遠心力で水面が凹型になる。宇宙空間で、あるいは何も無い空間で同じ実験をしたら水に遠心力は働くのか? 何に対して水が回転すれば遠心力が生じるのか? という難問でNewtonは悩んだ挙句「この世には絶対空間というものがあり、それに対して回転すれば遠心力が働く」と結論づけた。それは日常感覚に整合する良い考えだが、公理のようにいきなり絶対空間を設定したことにNewton自身も以降の物理学者も不快感を抱いたという。
3世紀後にEinsteinは、特殊相対性理論ではNewtonの絶対空間に時間の次元を加えた絶対時空間を基準としたが、続いて一般相対性理論では重力の場を基準として水の回転や物体の運動を考えた。一方SchroedingerやBohrなどは量子理論を完成させた。エネルギーや光などは日常生活では連続的に増減できるが、微小世界では量子というツブ単位でしか増減できないことが判った。また電子や光子のような量子は粒子ではあるがその所在は確率分布で表現され、従って波動の性質を持つとする。
宇宙など巨大世界と整合する相対性理論と、原子構造のような微小世界に当てはまる量子理論を統合し、宇宙全体を解明する統一理論はEinstein自身が何十年も努力して実らず、以降の学究が様々な努力を重ね今日に至る。やっと最近(1)万物は微小なヒモから成り、ヒモが或るモードで振動すると電子になり、他の振動では重力になり、あらゆる素粒子と(電磁界や重力界のような)場はヒモの振動モードから成るというヒモ理論String Theoryと、(2)同じく微小なループから成るとするループ量子重力理論Loop Quantum Gravityとが、共に相対性理論と量子理論の統合に或る程度成功した。(1)は微小世界から、(2)は巨大世界から出立し、一方で解ける問題は他方では難しいというように相補関係にあり、しかし両方で解ける問題の答は正確に一致するそうだ。ヒモ理論の振動モードの中には両端開放のヒモの振動もあり、ループにしての振動もあるので、ループという点では両理論は共通で、やがては止揚され統合されるべきものらしい。
広義のヒモ理論は次の発展段階に分けられる。狭義のヒモ理論、超ヒモ理論Superstring Theory、M理論、その一種としてマトリックス理論Matrix Theory。(超)ヒモ理論では9次元空間+時間=10次元の時空間を想定するが、M理論では空間に更に1次元加わる。我々の周囲にある3次元と同様な次元があと6つも7つもあるとは私には想像できなかったのだが、この本でイメージが湧いた。3次元の各点に日常生活では見えない微小な円球があるとして、その表面を指定すれば2次元加わる。6次元加えるには円球の代わりにこういうものを加えればよいという図は金平糖のように見えた。つまり大きな3次元と、微小に丸まった6〜7次元があると考えればよい。微小とはPlank Scale=10^-35 m程度をいう。
M理論では、1次元のヒモはp次元のp-Brane(1≦p≦9)に拡張され、マトリックス理論は0-Braneが高次元Braneを構成するとする。Braneは微小である必要は無く宇宙全体が1つのBraneとか、様々な可能性が研究されている。M理論によればBig Bangは一回だけの爆発である必要はなく、縮小・拡大を繰り返すCyclic Modelもある。
良い頭の体操になった。ボケ防止になりそうだ。 以上