SYSTEMA by MITO YUKO
風が吹けば桶屋が儲かる
by MITO YUKO
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◇ 「風が吹けば桶屋が儲かる」という話がある。
強風で土埃が目に入ると、 目を悪くする人が増える。
目を悪くすると角付けでもしようということになるから、
三味線が売れる。
三味線の胴には猫皮だから、 猫が減って、
鼠が増える。鼠が桶をかじって穴を開けると、
桶屋に注文がくるというのである。
◇ 一つ一つの連鎖が起きる可能性は
おそらくどれも1%もないだろうから、
全体としては全くといっていいほどありえない話。
そこをシャアシャアとストーリーにしてしまうところが
江戸時代の人の洒落であり余興でもあるわけだ。
◇ ところがこの頃は、こうした話を
真面目顔で議論することが増えてきている。
身近なところでは、たとえば
「猛暑の翌年は景気がよくなる」というのがあって、
太陽がよく照ると山間部の杉がよく育つ。
翌年はたっぷりと花粉をつけるから、
それが風に乗って都市部にまき散らされると、
あちこちでくしゃみが起きる。
皆、医者に行って花粉症の薬をもらうから、
国民の医療支出が伸びる。
あとは製薬会社の設備投資やら、何やら、
経済の乗数効果も働いて、
一定の景気浮揚効果が現れるというのである。
◇ まさに現代版「風が吹けば桶屋が儲かる」だが、
あるエコノミストはこのストーリーを
実際の景気予測に使っている。
花粉症の薬は1回あたり数千円。
だから「この景気浮揚効果はバカにならないのだ」という。
◇ 最近は公共事業の景気浮揚効果も落ちてきているから、
エコノミストも細かな数字をかき集めないと
いけないのだろうが、実はもっと夢中になって
小さな発端の物語を語っている人たちがいる。
数学者や科学者たちだ。
◇ 彼らの間で議論されているバタフライ効果は
「ブラジルの蝶の羽ばたきがテキサスに竜巻を起こす」とか
「北京の空を飛ぶ一匹の蝶の羽ばたきによる気流の変化が
1か月後のニューヨークの天候に影響する」とかいう、
もっとありそうにない話。
そんなことを考えて一体、何の役に立つのか
と思いたくなるが、いたって真面目な話で、
ごくわずかな初期値の差(蝶の羽ばたきのような)でも、
十分な時間の経過の後には、
非常に大きな状態の差(竜巻のような)となって現れる。
そういう現象が世の中のあちこちにあるというのだ。
◇ さすがに蝶の話はたとえだけれど、
ネズミの個体数変動から、心臓の不整脈、脳のからくり、
伝染病の流行の仕方、電力消費量の変化、
ひょっとしたら株や為替の変動パターンにまで、
「現実世界に厳として、普遍的に存在するもの」
なのだそうだ。
◇ このように、一昔前なら無視していたはずの
「わずかな違い」の振る舞いに、分析家たちの注目が
集まっている背景には、
いままで人間の目には見えなかったものが、
コンピュータの性能の向上によって
見えるようになってきたという事情がある。
◇ 虫には見えるけれど人には見えない光の領域
があるように、
人間の数に対する感覚では
「わずか」の領域と「たくさん」の領域がぼやけている。
◇ 特にわずかな数字をたくさんの回数、掛け算した結果を
想像することが不得意で、
たとえば0.001を、千個足すと答えが1になる
ところまでは、何とかわかるが、
0.001を千回、掛け算した結果については、
なかなか想像力が働かない。
よほどの数学者でもない限り、
答えの0.0000000…01(ゼロが三千個!)に対しては
「とても小さい」という以上には実感が沸かないのである。
◇ 「10日で10%の金利」の高さに気づかなかったり、
「ここでポイ捨てをすると富士山もいずれゴミの山になる」という
比較的単純な因果関係さえ想像できないのだから、
ほんとうは人間に
「0.002%の銀行間金利の差が企業倒産件数に及ぼす影響」とか
「CO2 が地球環境に与える影響」など、
わかるはずがないのである。
◇ ところがコンピュータは、その辺の計算を実に
うまくやってくれる。
必要とあれば“企業倒産件数がぐんぐん増えてゆくグラフ”とか
“南極の氷が解けて、銀座の街も水に浸かっている三次元立体映像”
なども描いてくれるのだから、
コンピュータのお陰で人間はずいぶんものが見えるようになった。
世の中をコントロールする能力も高まるのではないか
とも期待されるのだが、
大変に困った問題も出てきている。
◇ もともと人間の直観を越えた、
信じられないような、嘘のような因果関係を追っているだけに、
ウソとホントの区別が付きにくくなっているだけでなく、
その対策もいままで以上に見えにくくなってしまっていることだ。
たとえばC02 による地球温暖化の問題にしても、
ストーリーの聞き手となるほとんどの人には、
「データによる検証」という手の込んだ作業をする暇がないから、
仮にいま誰かが「地球はゆっくりと、実は冷えているのだ!」と
言ったとしても、ウソかホントかわからない。
目で見て確認できる話ではないから、
人々が頼りにするのは、語り手の評判や信用、
気迫といったものになる。
この種の問題では皆が言いだして、
皆が信じれば、それが“ホントウ”になる。
◇ そして、どこをどう押せば、
コンピュータのディスプレイに描かれた悪夢を、
バラ色の未来に転じられるのか?
これを見つけ出すのがまたむずかしい。
◇ 悪い結果が出たのなら原因を取り除けばよい、
というのはごく当たり前の人間の思考である。
しかし、複雑な相互依存のある体系では、
発端となった原因を取り除けば結果が好転するとは
限らない。
むしろ一つを変えたことによって、すべてが狂ってくる。
◇ テキサスの竜巻を防ごうと、
ブラジルの蝶の羽ばたきを止めても仕方のないことだが、
仮にそうしたとしたら、こんどは北京の蝶が
気になってくる。
世界中の蝶を捕獲し終えたら、
次に気になるは犬の鼻息だ。
◇ というよりむしろ、一匹の蝶の羽ばたきを止める
という行為自体が、全く別の新しいストーリーを展開させてしまう。
それはアフリカに旱魃をもたらすことかもしれないし、
パキスタンに洪水をもたらすことかもしれない。
◇ 見えないはずのものが中途半端に見えたばっかりに起こる
「マクベスの悲劇」が起こる可能性が現れるのだ。
◇「風が吹けば桶屋が儲かる」という話で
感心するのは、この話では
それが大嘘であることが誰の目にもわかるようにしてある
ことである。
ストーリーの語り手は、直観の体系をうまく操って、
全体として嘘が構成されてゆく過程を
あきれるほどしっかりと描いている。
余興であることをはっきりと伝えているからこそ、
この世の因果のおかしみが伝わってくるし、
人間の想像力を刺激する。
◇ すべてを描こうとした、
妙にリアリティのある分析は人間の想像力を萎えさせてしまう。
生きる実感をも萎えさせてしまうように思うのだが、
どうだろうか。
2001.9 三 戸 祐 子
*「交通新聞」2001年9月28日号初出転載。無断転載禁止。*
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