大久保っち(おおくぼっち)のちっちゃな研究室
大久保っちのちょっとした研究
世界史授業における音楽教材の活用1
〜ヨーロッパ・イスラーム史を中心に
全国歴史教育研究協議会(第45回)研究大会で発表した内容の概要です。世界史授業で音楽をどう活用できるか、その実践例に触れています。 |
世界史授業において、音楽教材はその時代・世界のイメージをつかませるには効果的であると考えている。ここでは、世界史授業に対して生徒の興味・関心を持たせるために音楽教材をどう活用できるかについて今までの授業実践を踏まえた検討を加えてみたい。今回はその中で、ヨーロッパの中世史から現代史における授業活用法と、イスラームにおける帝国主義時代までの授業における活用法という2つの観点から、授業実践の例を通した検討をしていきたい。
2.授業実践における音楽教材活用の実際 (1)授業における音楽教材の活用状況 |
@ヨーロッパの中世史から現代史までとイスラ
ームにおける帝国主義時代までの授業範囲
で使用した音楽は約100曲。昨年度の3年の 授業では約70曲
A音楽教材を授業で流す場合、多くはプリント
配布の際に流す(CDなど)。
B授業の展開上効果的に使えるものは使う
(例:十字軍に関連する音楽や、ラ=マルセ
イエーズ)。導入の動機付けとして活用でき
る場合も使う(例:ラデツキー行進曲)。 |
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(2)音楽教材を使う上で原則としていること(個人的に) |
@ヨーロッパ史においては授業でとりあげる時代を反映する同時代的なものを基本として使う
→取り扱う歴史的事件・人物とそれに関する音楽が作曲された年代に開きがある場合は使用を避ける。
A音楽教材を授業で流す場合時の時間の基本は1〜2分程度。
Bヨーロッパ以外の地域については同時代的な音楽が少ないので、民族音楽の中で、授業で扱う地域の
音楽の特徴をあらわしているものを使う。
C教材として使った音楽そのものの音楽史上での位置付けやその音楽の特徴についての説明は、生徒に
対して必要と思われる場合でも簡潔に説明するにとどめる。
Dなるべく歌の方がいい。歌の場合は歌の歌詞を原語と対訳をつけてプリントとして配布する。
3.授業実践における具体的な音楽教材の活用の事例 (1)具体的事例をとりあげるにあたって |
授業実践の中で活かせる具体的な事例として、紙面が限られている関係上、ここではいくつか代表的なものをあげてみたい。まずヨーロッパにおいては時代を中世に限り、クラシック音楽を中心に取り上げてみたい。古楽ブームがあったこともあり、当時の音楽を再現したCDは豊富であるため、歴史的な事件や事象に関連させて触れてみたい。ここでは4つだけ例をあげて紹介したい。また、イスラーム世界に関する音楽には、音楽集団に関する民族音楽が多く出ている。アフリカのグナワやアゼルバイジャンのアーシュクなどあるが、ここではそれ以外のものとしてパキスタンのカッワーリーと西アフリカのグリオに絞って、どのように授業と結びつけていくかを考えてみたい。
@十字軍に関係する音楽教材
まず、第一回十字軍に関する音楽としては「カルミナ・ブラーナ(Calumina Burana)」の「祭典によせる名は(Nomen a solemnibus CB.147a)」という曲があげられる。この歌は聖地奪回という歴史的事件に対して歓喜する当時のヨーロッパの人々の様子をうかがうことができ、歌詞を含めた史料として活用も可能だと考える。次に第3回十字軍で捕虜となったイングランド王リチャード1世(獅子心王)のエピソードとして活用できるのが「囚われの人は(Ja nus homs pris) 」である。この曲は彼自身の曲とされている(最近は疑問視され、後世の別人の手によるものと言われている)。王の心の境地を示すものとして活用するにはいいだろう。第5回十字軍では、皇帝フリードリヒ2世が聖地を一時的に回復する。この十字軍に従軍したミンネジンガーにヴァルター=フォン=デア=フォーゲルヴァイデ(Walter von der Vogelweide)は、この時の聖地に無血入城したときの心境を「わたしの生涯が(Nu alrest lebe ich mir werde)」(俗に「パレスチナの歌」ともよばれている)で語っている。以上これらの曲は十字軍遠征の経過を学習する際に活用できると考える。
A百年戦争に関する音楽教材
百年戦争に関して取り扱った音楽が多いわけではないが、英仏間の戦争がペストや農民反乱の影響で中断した後、15世紀に再開される。1415年のアザンクールの戦いはその最初で、この時勝利したイングランドで作られた曲が、「イギリスよ、神に感謝せよ(Deo
grasias Anglia)」という曲である。この曲の歌詞も当時のイギリス側の様子をイメージするには良い材料ではないだろうか。百年戦争の経過を説明する中で、アザンクールの戦いにおける英仏の武器の違いなどを図版で確認しながら学習する際に流すというやり方と授業の導入で使うやり方が考えられるだろう。
B教会大分裂の時代の音楽の教材化
教会大分裂という時期に14世紀末の南フランスでは複雑なリズムやそれにともなうシンコペーションが頻繁にあれわれる曲が登場する。例えば、作者不詳の「私はもう すべての力を失ってしまったが(Se j’ay perdu)」という3声のロンドでは曲にも技巧的な箇所が見られるが、それだけでなく、歌詞の中を見ると「それは私の過ちでも、落度でもない。/この悪魔の歌のせいなのだ、/この国に 流行(はや)り始めた歌の(川村克己・細川哲士訳)」という詩で終わっている。14世紀の新しい技法として二分割の記譜法で書かれたこの曲自体を、三位一体に基づく三分割の記譜法で書かれた従来の曲に対し、この作者は「悪魔の歌」と形容している。教会の権威が教会大分裂により揺らいでいるこの時期に教会の権威を象徴する「3」に対し「2」分割で書かれた曲が流行するというのも皮肉な現象である。ともかく、その因果関係を確かめることは難しいが、音楽を通して教会の権威が揺らいでいくイメージを作る上では、このような歌を教材に使うのも一つの方法である。
C16世紀から18世紀半ばまでくりかえされる戦争に関しての音楽教材
イタリア語で「戦い」を意味する「バッターリア」という戦争描写音楽がある。16世紀から18世紀半ばまでヨーロッパでくりかえされる戦争を背景に、15世紀後半にイザークによって初期の戦争描写音楽が作曲されて以来、多くの「バッターリア」が作曲家によって作られ、不協和音や不規則なリズムなどにより戦争の荒々しさを描写しようと試みている。その中で取り上げたいのは、ウィリアム・バードによって1591年に作曲された「マイ・レディ・ネヴェルス・ブック」の中の「戦い(The Battell)」と、17世紀の作曲家ビーバーによって作曲された「描写的なヴァイオリン・ソナタ」の中の「マスケット銃をかついだ兵士の行進」である。荒々しさが表現されている「バッターリア」をそれぞれの主権国家が展開する侵略戦争のところで、導入としてこれらの音楽を使ってみることができるだろう。
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