大久保っちのちっちゃな研究室〜 ハーバーフェルトトライベン (Haberfeldtreiben)の世界 〜燕麦畑の狩人たち〜
 


大久保っち(おおくぼっち)のちっちゃな研究室

   大久保っちのちょっとした研究     



世界史授業における音楽教材の活用2

〜ヨーロッパ・イスラーム史を中心に


 全国歴史教育研究協議会(第45回)研究大会で発表した内容の概要です。世界史授業で音楽をどう活用できるか、その実践例に触れています。

(3)イスラーム世界の学習における活用例〜イスラーム世界における音楽集団などの活動を中心に

@インドにおけるスーフィーの活動に関する音楽教材
 パキスタンにはスーフィー派の中のチシュティー教団に属する歌や踊りを通して人と神との合一をはかろうとする集団にカッワーリーがいる。カッワールとは僧の意味で、ハルモニウムを弾きながら歌う主唱者を中心に副唱者が手拍子や楽器を伴奏にアッラーやムハンマドや聖者を称える宗教的な内容の曲を歌う。太鼓はズィクルに通じるような単調なリズムを刻み続ける。インドのイスラーム化にこのカッワーリーなどスーフィーたちの果たした役割が大きいことは改めて言うまでもない。
 カッワーリーに関連の深いチシャティー教団(開祖ムイーヌッディーン・チシュティー)は、12世紀ころにアフガニスタンに登場し、活動の拠点をインドに移し、南アジア最大のスーフィー教団として活躍するようになった。その派の聖者の一人であるサリーム・チシュティーにムガル帝国第三代皇帝アクバルは帰依しており、聖者を信奉するあまり遷都までもおこなっている。
 授業ではアクバル帝の政策について触れる際に、またはイスラームとバクティ思想の融合とそれに関連して生まれたシク教の成立について触れる際に、スーフィーの聖者の影響があったことにふれつつ、カッワーリーの曲といえば、例えば「われを師と仰ぐ者は(Man Kunto Maula(−))」ではアリーの名が称えられているが、このような音楽を流し、授業の導入に使うといいだろう。

A西アフリカのグリオに関する音楽教材
 グリオは西アフリカにみられる吟遊詩人・音楽集団で、撥弦楽器のコラなどに代表される楽器を片手に弾き語りをする。現在グリオとよばれる吟遊詩人は、ガンビア、セネガル、マリ、ギニアに多く見られる。彼らが歴史上において登場するのは、13世紀のマリ王国の成立あたりからである。グリオの歌う内容の多くは歴史上の英雄を称えるものである。マリ王国の王の建国時の活躍の他には、教訓的な歌やパトロンへの褒め歌や時の為政者を称える歌などが多い。宗教的な内容のものは少ない。19世紀の歴史に関するものでは、ヨーロッパ列強の侵入に対し抵抗し戦う英雄の歌が多い。アフリカ史を学習する授業の中で、帝国主義政策により侵入するフランスに対して抵抗したサモリ=トゥーレなど以外に名も知られていない英雄たちの活躍と死があった。グリオはその無名な英雄の死に寄せて、彼らの活躍を歌っている。スンジュル・シソコが歌う「ケレファ」はケレファ・サーネという英雄の物語である。授業の導入として使ってみるのもいいだろう。

4.最後に

 ヨーロッパ史の学習では、その時代の人々の考えや雰囲気をつかむ上で、音楽教材を使った授業については、今後も色々な工夫が可能である。一方イスラーム世界の歴史学習の中で、民族音楽を使った授業はヨーロッパ史ほど容易ではない。吟遊詩人や音楽集団が歌う曲は、授業の導入として活用するだけでも生徒の歴史に対する興味・関心を持たせる動機づけになるだろう。ただ、教材となるCDを教員側が個人的にどれだけ用意できるかについては限界がある。どこでどの音楽を使うかという精選が必要になるだろう。

5.主な参考文献

(1)上尾信也『歴史としての音〜ヨーロッパ中近世の音のコスモロジー』,柏書房,1993年
(2)上尾信也『講談社現代新書〜音楽のヨーロッパ史』,講談社,2000年
(3)伊藤俊一「歴史教育における視聴覚教材の活用とマルチメディア」〜『名城大学教職課程部人間科学研究』, 1994年11月,p.13〜30
(4)今林常美「欧米近現代史とクラッシック音楽−世界史教育における文化史教材の一例」〜『歴史と地理 世界史の研究 160』,山川出版社,1994年8月
(5)江波戸昭『世界の音 民族の音』,青土社,1992年
(6)江波戸昭「アフリカの思想を伝える民族音楽」〜歴史教育者協議会編『歴史地理教育 第407号』,1987年,p24〜29
(7)大江志乃夫『岩波講座 近代日本と植民地 7 文化の中の植民地』,岩波出版,1993年
(8)金澤正剛『古楽のすすめ』,音楽之友社,1998年
(9)金澤正剛『中世音楽の精神史』,講談社,1998年
(10)柘植元一・植村幸生編『アジア音楽史』,音楽之友社,1996年
(11)鳥塚義和「世界近現代史の授業で使える音楽教材」〜『歴史と地理 世界史の研究 167』,山川出版社,1996年5月
(12)成澤玲子『グリオの音楽と文化〜西アフリカの歴史をになう楽人たちの世界』,勁草書房,1997年
(13)難波達興「アメリカ史学習で使える民謡教材」〜歴史教育者協議会編『歴史地理教育 第407号』,1987年,p42〜47
(10)浜田滋郎「歴史教育と音楽」〜歴史教育者協議会編『歴史地理教育 第407号』,1987年,p20〜23
(11)朴燦鎬『韓国歌謡史 1895−1945』,晶文社,1987年
(12)宮腰一「視聴覚教材の探し方・使い方(その2)」〜歴史教育者協議会『あたらしい歴史教育 第7巻 授業をつくる』,大月書店,1994年
(13)山口幸男・清水幸男・寺尾隆雄・八田二三一・西木敏夫「地理教育と音教材」〜『新地理 51−2』,2003年9月,p.20〜27
(14)山本敬久「音楽でたどるヨーロッパの歴史−音楽を中心とした文化史学習−」〜『歴史と地理 世界史の研究 140』,山川出版社,1989年8月
(15)David Lambert and David Balderstone,Learning to Teach Geography in the Secondary School−A Companion to School Experience, London ; New York : Routledge, 2000
(16)渡辺修司「世界史教育における『音』の利用〜歴史的イメージと感性の形成をめざして」〜『東京学芸大学付属高等学校研究紀要33』,1993年,3月,p.13〜31


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